毎週土曜日更新を心がけておりますが、遅れる場合もございます

2007年10月27日

60

先日の会談でなんらかの手ごたえをつかんだのか、タッキーは中原さんを迎え入れ、『13PROJECT執行部』組閣の準備を終えた。
実際はすでに執行部としての活動を始めていたのだが、形式がまだ追いついていない。
阿守が一言「お願いします」といえば、名実共に執行部が組閣される。

SIBERIAN-NEWSPAPERにしても同じで、既に活動しており事実上存在はするのだが、正式な組閣はなされていない。
そういえばこの時期、「平尾さん、新しいバンド始めたんですか?」と問われると「バンドというか、なんというか、寄り合いみたいなものかな」と、言葉を濁していたように思う。
対外的にも『音楽家集団』などという言葉を使っていたし、ライヴのたびに編成も変わっていた。
だが、そうやって活動するには限界があり、「正式に組閣すべし」との気運が高まったわけだ。

阿守の中には、前のバンドを解散させてしまったことに対する自責の念が少なからず存在する。
バンド解散という後味の悪い思いは出来れば避けたい。
そこで、解散したくなければ組閣しなければいい、という方便のもとSIBERIAN-NEWSPAPERを始めたのだった。

先日の会談を経て、阿守の組閣への意思は固まった。
だからこそタッキーはさっさと執行部の活動を開始したのだ。
事実上、既に組閣は成されている。
あとは阿守が声を発すれば、そこに形式が追いつくわけだ。
誰かがほんの少し背中を押してやるような、そんな些細なきっかけがあればそれでよかった。
きっかけ作りは誰がやってもよかったのだ。


私は阿守を十三(じゅうそう)の河川敷に呼び出した。
私は基本的にまじめな話が好きではない。
そういうまじめな話をするときに、シチュエーションなどで茶化してしまうのは私の悪いクセなのだが、今回は勘弁していただくとしよう。

私が河川敷に近づくと、土手に座っている阿守の後姿が見えた。
河川敷では、学生がアメフトの練習をしていた。
土手に座っていた阿守は、それを見ながら、足をぶらぶらさせていた。
この時点で既に阿守は私の意図を察していたのだろう。
私は阿守の隣に片膝を立てて座った。

「よう走ってきたのぅ・・・・・・」
いつもとは異なる阿守の口調。
やはり阿守は私の意図を察していた。
もちろん、私はそれに合わせる。
「なんや?」
「ワシらのことや」
「・・・・・・堂々巡りやっていうんか?」
しばしの沈黙。
そして再び阿守が口を開く。
「ここらで一発、タッチダウン獲らんとな」

河川敷ではアメフトの防具を着けた学生達が向かい合って構えていた。
『ハット!』の掛け声の下、彼らは土を蹴り、ぶつかり合う。
それを見ながら、私は今日口にすべき最も大事な言葉を発した。
「兄弟、やろで!」
阿守はゆっくりとうなずき
「よっしゃ」
と力強く応えた。

阿守が立ち上がった。
「兄弟、行こで」
そう言って軽く方を叩かれた私も、続いて立ち上がり、踵を返した。

河川敷ではアメフトの練習が続いている。
掛け声や防具のぶつかり合う音、土を蹴る音が力強さを伴ってこちらまで届いてくる。
それに背を押されるように、私たちは歩き始めた。


俺とマルクスとジョン・レノン -終-

あとがき
posted by ニヒリストHILAO at 13:52| Comment(23) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

59

謎の敏腕エージェント・中原さんという人が、タッキーの元を訪れていた。
タッキーは音楽業界関係者に会うと、手当たり次第『Asiatic Spy』を渡していたのだが、この中原さんがそれに対して非常に大きな関心を示した。
とりあえずタッキーは中原さんにバンドの概要を説明した。
「東京に北海道?なんだか活動が大変そうだねぇ」
「あ、でも北海道のピアニストは今ちょっと身動きが取れないので、横浜のピアニストに弾いてもらってますから、少しは身軽になりましたよ」
「ん?つまりメンバーチェンジしたってこと?」
「いやぁ、はっきりとメンバーチェンジしたというわけでは・・・。高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応するといいますかなんといいますか・・・」
「つまり、行き当たりばったりというわけだ。あとギターの真鍋くんだっけ?水曜日にしかライヴに参加できないっていうのはちょっと大変だね」
この時期真鍋はギタースクールに講師として勤めており、休みが水曜日しかないため水曜日以外のライヴには参加できず『水曜日に奏でる男』と呼ばれていた。

「僕としては是非お手伝いしたいところだけど、メンバーの意向が不透明だね。このバンドが今後も長く存続するのかどうかが、正直ちょっと見えないなぁ」
「はぁ…そうですね」
その時、タッキーの頭にはWORLD DEFENSE LOVERSのことがよぎった。
確かに、これからというときに「やっぱり辞めます」では困る。
「1度メンバーの意思確認をしたほうがいいんじゃない?」
「・・・そうですね」
その夜タッキーは社長を呼び出した。


「で、君らは今後このバンドをどうするつもりやねん」
あるライヴの打ち上げで、社長が突然切り出した。
「なんだよ急に。なんの話?堅苦しいのはナシだよ?」
阿守がとぼけて返したが、社長はおかまいなしに続けた。
「例えば、軍司はいま臨時で手伝ってんのか?それとも今後も続けられんのか?」
「いやいや社長。そういう堅苦しいのはナシにしようよ。僕は気楽に楽しく出来たらそれでいいんだよ」
と阿守が口をはさむとタッキーがそれに応えた。
「君らはそれでええかもしれんけど、それやとこっちはどれぐらいバックアップしたらええかわからんのや。ウチらもタダで動けるわけやないからなぁ」
「俺はいけるで」
タッキーの言葉が途切れるのと同時に軍司が言葉を発した。
「俺はシベリアンをメインに活動しても全然問題ないで」
と軍司はみずからの意向を述べた。
さらにタッキーが続ける。
「じゃあ、真鍋君はどないや。水曜しかライヴに出られへんのはちょっと厳しいんやけど」
「俺はね、やるよ。仕事辞める算段もついとる」
「生活は大丈夫なん?」
「まあ、なんとかなるやろ」
社長の視線がタラに向く。
「いやぁ、俺みたいなもんを使ってくれるんやったらなんぼでもお手伝いしまっせ!」
さらに山本さんが続く。
「僕はね、いままで長いこと音楽続けてきましたけど、このバンドが最後やと思てます。SIBERIAN-NEWSPAPERが終わるんやったら、僕も音楽活動は辞めようかなと」
皆の視線がこちらを向いたので、続いて口を開いたのは私だった。
「俺はいま別のバンドをやっておる。練習にしろライヴにしろ、活動の密度はそちらの方がはるかに高い。が、メインはSIBERIAN-NEWSPAPERだと思っている」
「雄作は?王家のしがらみとか、俺らにはちょっとわからん部分があるんやけど」
そうタッキーに訊ねられると、雄作は何処を見るでもなく語り始めた
「僕の付き人みたいなヤツいたでしょう?アイツ、クーデター起こしちゃいました」
全員が雄作を注視する。
「ああ、でも心配しないで下さい。無血クーデターですから。形としての王家は残るんですけどね、主権は剥奪されました。で、僕はコイツと引き換えに王家との縁を切ってきました」
といっていつも使っているヴァイオリンを示した。
「ですから、僕はやりますよ」
しばらく沈黙が続いたあと、雄作がぽつりと呟く。
「でもアイツ、なんでクーデターなんか起こしたんだろ?」
私はその理由を知っているような気がしたが、あえて口にはしなかった。

「で、阿守くん。みんなはこう言うてんねんけど、君はどないや?」
タッキーが話をまとめに入った。
「いやぁ嬉しいなぁ。でも、いきなりこんな話されても僕はちょっと考えがまとまらないよ」
急に深刻な話をされて、阿守は少し混乱しているようだった。
阿守の考えがまとまるまで時間を置くことにし、その場は解散となった。

posted by ニヒリストHILAO at 11:27| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

58

軍司が大阪にやってきた。

「お前やぁ、話が急すぎるわ」
スタジオに到着するなり、阿守に向かって軍司はぼやいた。
先日発売したCDや、過去のライヴ音源を元に練習を積んではきたものの、あまりにも時間が無さ過ぎた。
「あんまり気の効いたことは出来へんぞ」
真鍋が譜面を起こしたおかげで、譜面を見ながらなんとかついてこれそうだった。
ついてくるのがやっとで、アレンジにまでは手が回らないとのことだったが、今はライヴで弾いてもらえるだけでもありがたい。

軍司を交えての練習。
ヤジや激を飛ばしあいながらも、演奏はなんとか固まっていった。
なんだか高校時代を思い出す。

途中、社長がスタジオを覗きにきた。
しばらく練習風景を眺めていたが、演奏が途切れた時に
「いただき!」
と一言残して去っていった。
言葉を発するのと同時に指も鳴らしてしたのだが、その後の人差し指が軍司を指していたようにも見えた。

一応練習は終わった。
なんとかなりそうだったが軍司は不安らしく、皆が荷物をまとめて帰ろうとしたところで阿守を呼び止めた。
「阿守、今夜は帰さへんぞ」
軍司初ライヴの前日、阿守は夜中までスタジオに付き合わされた。


「いやぁ〜しかし、真鍋ちんの譜面のおかげでなんとかなったわぁ。真鍋ちん、譜面書くの滅茶苦茶うまいなぁ〜」
真鍋の楽譜は読みやすいと評判がいい。
「定規とか使ってんの?」
とよく訊かれるが、大抵はフリーハンドらしい。
その真鍋が、ほぼ文盲に近いことはあまり知られていない。

インディーズバンドがライヴをする際、チケットの取り置きシステムを使うことが多い。
あらかじめチケットをライヴハウスに預けておき、予約のあった人に前売り料金で入場していただくという非常に便利なシステムだ。
そのチケット取り置きリストをバンドは開場前までに書いてライヴハウス側に渡すのだが、SIBERIAN-NEWSPAPERでは大抵阿守がリストを書く。
なぜなら阿守は字が上手く、さらに字を書くのが好きだからだ。
だが、時々阿守も席を外すことがある。
そんな時はメンバーが各自自分の呼んだお客さんの名前をリストに書いていく。

その日、取り置きリストを書く段階で阿守がたまたま席を外しており、メンバーが各々自分のリストを書いていた。
「真鍋、リスト」
私が自分の分を書いてリストを真鍋に渡そうとすると
「名前言うていくから、書いていってくれ」
と頼まれた。
だが私は丁重に断った。
なぜなら私は字が下手で、さらに字を書くのが嫌いだからだ。
「頼むわ〜。最近酒呑み過ぎで字ぃ忘れて書かれへんねん」
「情けない!ひらがなも書けんのか?アルファベットは?」
「おお、英語は得意やぞ!AからGまでは完璧」
と自慢げに言われて、一体私はなんと返せば良いのか。

今さらながらSIBERIAN-NEWSPAPERが社会不適合者の集まりであることを思い知らされたのだった。
posted by ニヒリストHILAO at 10:51| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

57

魔力が切れた。

ハジメにそういわれたものの、阿守はいまいちピンとこなかった。
「えーと…それは、一大事なの……?」
「一大事ですよ!だって、僕北海道から動けなくなったんですから!!」
「ええ!?それは一大事だねえ!!」

東京遠征が決まった矢先の出来事であり、それまでにも大阪でライヴが控えていた。
早急にピアニストを探さねばならない。
「北海道に来た時はお手伝いさせていただきます!」
とだけ言い残し、ハジメとは連絡が途絶えた。
北海道からハジメを連れてくるだけの経済的余力は私たちには無く、無理矢理ハジメを召喚することも出来ない。

私たちのとるべき道は2つ。
新しいピアニストを探すか。
ピアノ抜きのアレンジを考え、ハジメの魔力回復を待つか。

阿守は悩んでいた。
新しいピアニストが見つかったとして、その人物が急なライヴに対応しきれるだろうか?
新しいピアニストを探すにしても、ピアノ抜きのアレンジを考え、じっくり腰を据えて探したほうが良いのではないか?
仮にピアニストが見つからなくとも、しばらく経てばハジメも回復するだろうし、最悪それを待ってもいいのではないか?
しかし、そもそもピアノ抜きのアレンジなどというものが成立するのだろうか?

1人で悩んでいても仕方が無い。
誰かに相談しようと思い、まずはタッキーに連絡した。
「オッケーオッケー。じゃあ知り合い筋あたってみるわ」
確かベーシストを探していたときも同じようなこといっていたはずだ、この男は。
つまり、あまりあてには出来ない。
次に阿守は社長に連絡してみた。
社長というのは中川氏のことで、CD制作の際に13PROJECTというレーベルを発足させて以降、彼は社長と呼ばれるようになった。
その社長だが
「俺は音楽のことはようわからん」
と、こちらは気持ちがいいほど役に立たない。

そういえばメンバーにまだ話をしていなかったことを思い出した阿守は、まず近所の山本邸を訪れた。
あるいはメンバーの知り合いにいいピアニストがいるかもしれず、アレンジの面でもメンバーに相談せざるをえない。
「阿守さん、どうしたんですか、今日は?」
「いや、ちょっと悩み事がありまして」
「まま、とりあえずは中へ」
山本邸にあがりこんだ阿守は早速山本さんに一部始終を話した。

「マスター・グンジがおるやないですか」
「あ!!」
早速阿守は軍司に連絡した。
「おお、阿守か。どしたんや?」
阿守は一部始終を話した。
「というわけで軍司、やってくれるか!?」
「ええで」

ちなみに軍司は横浜に住んでいた。
だが、雄作も東京在住と遠方であり、ましてやハジメの北海道に比べれば随分近い。

SIBERIAN-NEWSPAPERに、遠距離という言い訳は存在しない。
posted by ニヒリストHILAO at 09:09| Comment(0) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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