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2007年10月27日

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先日の会談でなんらかの手ごたえをつかんだのか、タッキーは中原さんを迎え入れ、『13PROJECT執行部』組閣の準備を終えた。
実際はすでに執行部としての活動を始めていたのだが、形式がまだ追いついていない。
阿守が一言「お願いします」といえば、名実共に執行部が組閣される。

SIBERIAN-NEWSPAPERにしても同じで、既に活動しており事実上存在はするのだが、正式な組閣はなされていない。
そういえばこの時期、「平尾さん、新しいバンド始めたんですか?」と問われると「バンドというか、なんというか、寄り合いみたいなものかな」と、言葉を濁していたように思う。
対外的にも『音楽家集団』などという言葉を使っていたし、ライヴのたびに編成も変わっていた。
だが、そうやって活動するには限界があり、「正式に組閣すべし」との気運が高まったわけだ。

阿守の中には、前のバンドを解散させてしまったことに対する自責の念が少なからず存在する。
バンド解散という後味の悪い思いは出来れば避けたい。
そこで、解散したくなければ組閣しなければいい、という方便のもとSIBERIAN-NEWSPAPERを始めたのだった。

先日の会談を経て、阿守の組閣への意思は固まった。
だからこそタッキーはさっさと執行部の活動を開始したのだ。
事実上、既に組閣は成されている。
あとは阿守が声を発すれば、そこに形式が追いつくわけだ。
誰かがほんの少し背中を押してやるような、そんな些細なきっかけがあればそれでよかった。
きっかけ作りは誰がやってもよかったのだ。


私は阿守を十三(じゅうそう)の河川敷に呼び出した。
私は基本的にまじめな話が好きではない。
そういうまじめな話をするときに、シチュエーションなどで茶化してしまうのは私の悪いクセなのだが、今回は勘弁していただくとしよう。

私が河川敷に近づくと、土手に座っている阿守の後姿が見えた。
河川敷では、学生がアメフトの練習をしていた。
土手に座っていた阿守は、それを見ながら、足をぶらぶらさせていた。
この時点で既に阿守は私の意図を察していたのだろう。
私は阿守の隣に片膝を立てて座った。

「よう走ってきたのぅ・・・・・・」
いつもとは異なる阿守の口調。
やはり阿守は私の意図を察していた。
もちろん、私はそれに合わせる。
「なんや?」
「ワシらのことや」
「・・・・・・堂々巡りやっていうんか?」
しばしの沈黙。
そして再び阿守が口を開く。
「ここらで一発、タッチダウン獲らんとな」

河川敷ではアメフトの防具を着けた学生達が向かい合って構えていた。
『ハット!』の掛け声の下、彼らは土を蹴り、ぶつかり合う。
それを見ながら、私は今日口にすべき最も大事な言葉を発した。
「兄弟、やろで!」
阿守はゆっくりとうなずき
「よっしゃ」
と力強く応えた。

阿守が立ち上がった。
「兄弟、行こで」
そう言って軽く方を叩かれた私も、続いて立ち上がり、踵を返した。

河川敷ではアメフトの練習が続いている。
掛け声や防具のぶつかり合う音、土を蹴る音が力強さを伴ってこちらまで届いてくる。
それに背を押されるように、私たちは歩き始めた。


俺とマルクスとジョン・レノン -終-

あとがき
posted by ニヒリストHILAO at 13:52| Comment(23) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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