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2006年09月09日

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中学2年になったある日、友人の一部がバンドを始める、と言い出したので、なんとなく私も混ざることにし、なんとなくドラムを選んだ。
後年、なぜバンドを始めたのか?なぜドラムを選んだのか?と聞かれることがあるが、なんとなく、としか答えようがない。
なんとなく。
それはニヒリストの私にとって、充分すぎる理由だった。
そのバンド仲間に、一宏とタラがいたのは言うまでもない。

バンド仲間ということで、タラや一宏とより親睦を深めた私は、やがて2人の家に、よく遊びに行くことになった。
2人の家は非常に近所で、墓地を隔てて隣接する、という具合だった。

そんなある日、私は一宏の家でガイジンを見た。
紅毛碧眼の小柄な中年の女性は、私を見ると笑顔で軽く会釈をした。
「あれは一体誰か?」
「ああ、ウチのオカン」
そう答えた一宏に視線を向けた私は、軽く動揺していたに違いない。
「俺、ハーフなんじゃわ」
このあたりは外国人や移民が多いことを、一宏は教えてくれた。
私の同級生だけで言っても、例えばビロンと呼ばれる男は、古代バビロニア王朝の傍流に名を列ねるユダヤ系移民で、バビロンがなまってそう呼ばれているのだということ。
ケーポン、ニッケンというのはアジアだか中東だかの移民であること。
そして、タラが南米生まれの日系人で、本名をタラ・ロナルド・ゴメスということなどを聞いた。
一宏がそのようなことを私に話して聞かせたのは、私が真性のニヒリストであり、人の出自にさして頓着しないことを、短い付き合いながらも理解したからだろう。
実際、私はことさらに口止めをされたわけではないが、それらの事実を誰かに話すことはなかった。
ニヒリストである私が、平地に乱を起こすわけにはいかない。
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posted by ニヒリストHILAO at 06:11| Comment(0) | 死国編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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