毎週土曜日更新を心がけておりますが、遅れる場合もございます

2006年11月25日

12

私は空港で阿守に会った。
まったく、偶然としか言いようがない。
「おう、阿守か、めずらしいな。どこに行っておったのだ?」
「ちょっと北欧にね。君は?」
「俺か。俺はこれからちょっと中国にな」
「中国?なんで」
「仙人になろうと思ってな」
「つまり、世を捨てると?」
「ふむ、そうなるかな」
すると、阿守の表情が一変して厳しいものになった。
そして人差し指を天に向け、こういった。
「うぬは北斗七星の脇に輝く星をみたか!?」
口調まで変わっていた。
「死兆星か?見とらんな」
「ならばまだ世を捨てるには早い!貴様、ワシの片腕となれぃ」
「二人称を『うぬ』か『貴様』のどちらかに統一してくれんかね。というか、キャラが変わっとるじゃないか貴様」
「ああ、すまないね。飛行機で暇つぶしに北斗の拳を一気読みしたところだから、つい」
阿守の表情と口調が元に戻った。
「しかし、片腕とはどういうことか?貴様がブライアン・ブラウンで俺がトム・クルーズということか?」
「君にトム・クルーズは無理だろう!いやそうじゃない、そうじゃないんだ・・・」
「ではなんだ?」
「・・・また一緒にバンドをやらないか?」
なるほど、そういうことか。
「ああ、かまわんよ」
仙人を目指すのは、やることがなくなってからでも遅くはあるまい。
何ぞやることがあるうちは、下界に留まるのも悪くない。

私がそう答えると、阿守は私の手を握りながらこういった。
「君とは、理解しあえると思っていたよ」
やがて彼は感極まったのか、ポロポロと涙を流し始めた。
私の手を握りながら、涙を流し始めた。
その手は妙に暖かく私はちょっと、いやだなぁと思っていた。

参考文献:北斗の拳/武論尊・原哲夫 :いくじなし/大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
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2006年12月02日

13

それから阿守は大阪に住むことになった。
そして、MTRを買ったというので、それを見に行った。
当時はまだ高価だったMD式のMTRで、相当値がはったはずだ。
阿守がその資金をどこから調達したのか、未だに謎だ。
「これでどんどん曲を作ろう」
このMTRは、随分活躍したのを憶えている。


ある日、私は阿守の家で宅配ピザを注文した。
ちょうど、クリスマスの時期だった。
そして、ピザを持ってきたピザ屋の青年は、サンタクロースの格好をしていた。

「あれはなんだい?」
ピザ屋の青年が去ったあと、ピザの箱を持ったままドアのあたりを見つつ阿守が言った。
「ピザ屋だろう」
「なんであんな格好をしているのかと訊いているんだよ」
「クリスマスだからだろう」
軽くため息をつきつつ、阿守はピザを床に置き、座った。
この家に、テーブルなどという気の利いたものはない。
「なんだいあれは。最近のピザ屋は客に媚を売ることしか考えてないんじゃないか」
「商売だ。仕方あるまい。」
「僕ならもっと粋なことを考えるけどね」
ピザを食べながら、阿守が語り始めた。
私はどちらかというと、食べる方に意識の大半を傾けつつ、阿守の話を聞いていた。
「例えば黒塗りのセルシオで客の家の前に乗り付けるってのはどうだい?」
「コスト面で既にアウトだな。車種云々以前に、四輪じゃ小回りが利かんし、燃費も悪い」
「細かいことをいうなよ。で、中から出てくるのは黒スーツにサングラスの男。その男が銀色のジュラルミンケースを持って、人目をはばかるように玄関に来るんだ。」
「で、そいつが『ご注文のブツです。ご確認を』とか何とか言いながらケースを開けるのか?」
「そう!でも中に入っているのはただのピザじゃない。なんというか、真っ黒で、どろどろしてて、とても人の食えるようなシロモノには見えないんだが、食うともの凄く美味い。ヤミツキになるんだ」
「実にくだらんな。だが、粋かどうかはともかく、嫌いではないよ、そういうのは」
「僕はこれを『デスピザ』と名付けることにしたよ」

それからしばらく後、メンバーを集めてバンドを組んだ。
そしてバンド名を『DeathPizza』と称することにした。
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2006年12月09日

14

私も阿守も一応は音楽家の端くれなので、楽器店に行くことはある。
大阪は、田舎と違って大きな楽器店が多くて助かる。

阿守がある楽器店でブラブラしていた時のことだ。
手にはCDを何の袋にも入れずに持ち歩いていた。
店員の1人がそのCDに目を向けた。
「なんでアンセムのCD・・・?」
その店員がそう呟くと、それに気付いた阿守は彼に向かってCDケースを開けて見せた。
「でも中身はデッドエンド」
この瞬間、2人の間に本来あるべき壁、即ち『店員』と『客』とを隔てる障壁が、ベルリンの壁よろしく取り払われたのだった。
「ええ!?なんで自分デッドエンドなんか持ってんの?歳いくつや?」
「二十歳です」
「ウソやぁ!!デッドエンドは30過ぎのおっさんしか知らんはずやで!」
「いや、従兄の友達に教えてもらって・・・」
「へええ、そうなんや。俺デッドエンドめっちゃ好きやねん。今度ビデオ貸したるわ」
そして、阿守と楽器店の男との交流が始まった。

それから楽器店の男は、ときどき阿守の家を訪れるようになった。
先述したデッドエンドのビデオや、デッドエンドの記事が掲載された雑誌を持ってきたりして、私たちを大いに喜ばせてくれた。
そんなある日、楽器店の男が1人の音楽家を紹介したいと言ってきた。

阿守は楽器店の男に連れられて、とあるライヴハウスに来た。
そこで、その音楽家のライヴがあるのだという。
そのライヴハウスは小さな所で、ステージ脇や裏に、楽屋もしくは楽屋に通じる道がなく、出演者は客の脇を通ってステージに向かわねばならなかった。

「阿守くん、次やで」
数人の出演者が、各々楽器を持ってステージへ向かう。
その途中、客席から「がんばって!」という女性客の声が上がった。
すると、出演者の1人が客席を睨みつけるや
「おまえに言われんでもわかっとる」
と吐き捨てた。

「なんだか気難しい人ですね」
「いや、普段は気安いヤツやねんけど、ライヴ前はちょっとな」
それが石濱匡雄だった。
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2006年12月17日

15

楽器店の男の紹介で、私たちは石濱と交流を持つようになった。
石濱の家にはいろんな楽器が置いてあり、いろんな人が集まってきた。
その中に、ディジュリドゥという楽器を操る男がいた(タラではない)。
その楽器と私とはおそらくあまり縁があるまい、とその時は思っていた。

「ところで石濱くん、君のギターちょと変じゃないかい?」
「変?なにが」
「いや、こないだライヴ見て思ったんだけどね、なんというか、変な感じを受けたんだよ」
「弾いてみる?」
石濱はそういって、阿守にギターを渡した。
ギターを受け取った阿守は、まず開放弦を弾いてみた。
「ほら、やっぱりおかしい」
それは普段聴きなれた音とは違っていた。
「俺は変則チューニング使ってるからな」
「なるほど変則チューニングかぁ。なるほどね」
以来阿守は、変則チューニングに没頭することになる。

「俺もうギターやめんねん」
「もったいない!音楽をやめて何をするんだい?」
「いや、音楽はやめへんよ。本格的にアレやろ思てね」
そういって石濱が示した先には何やら見覚えのない弦楽器が立てかけてあった。
「あれは、なんだい?」
「シタール」
数年前から習っていたシタールだが、どうやら石濱はギターよりそちらに傾倒してしまったようだった。
しばらく後、石濱はシタールを極めるため、インドに旅立った。
posted by ニヒリストHILAO at 06:31| Comment(1) | 逢坂編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月24日

16

DeathPizza初期メンバーに、実は真鍋がいた。
写真の専門学校を卒業しつつも、一向に家業を継ぎに帰る気配のない真鍋を、阿守が誘ったのだった。
ただし、ベーシストとして参加していた。
というか、させられていた。
「頼むから早ことベーシストを探してくれ」
と、よく阿守に懇願していたが、その度に酒でごまかされていた。
この時期真鍋は、DeathPizzaのほかにヴィジュアルバンドでギターを担当しており、なかなか忙しい日々を送っていた。

数年が経った。
千年紀や新世紀の変わり目にも結局ハルマゲドンは起こらず、穏やかな新世紀の訪れがもたらしたものといえば、終末思想扇動者の失業ぐらいのもので、私の生活には大した影響を与えなかった。
ただ、時がたつと共にメンバーも入れ替わり、何度かのメンバーチェンジを経て、真鍋は不当な責務から解放され、DeathPizzaのメンバーは固定された。

今はなくなってしまった心斎橋のとあるライヴハウスで、2度目か3度目のワンマンライヴが決定した時のこと。
「次のライヴに、ゲストを招くことにしたよ」
と阿守から通達された。
今までにないことなので少し驚いた。
横のつながりが極めて少ないDeathPizzaに参加してくれるような奇特な音楽家がいたとは。
「で、一体どこの誰をゲストに迎えるのか?」
「君もよく知っているヤツだよ」
そして阿守から告げられた者の名は、確かに私のよく知っている人物だった。

即ち
「タラ・ロナルド・ゴメス」
posted by ニヒリストHILAO at 00:07| Comment(1) | 逢坂編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

17

「タラは今、ディジュリドゥをやっているらしいよ」
「ディジュリドゥとは、石濱の家で見たアレか?」
数年前、石濱の家で私はディジュリドゥを見た。
長い樹の筒のようなもので、ダラダラと低音しか出ない楽器のどこに使い道があるのか、私にはよく理解できなかった。
試しに吹いてみたが、息を吐きすぎて頭がクラクラしてきたのでさっさとやめてしまった。
「しかし何でまたあの男はディジュリドゥなんぞを?」
「さあ?何か思うところでもあったんじゃないの」

そして私は久しぶりにタラに会った。
「おーっす、久しぶり!」
この男はこの数年、大して変わっていないようだった。
「ところで貴様、なぜディジュリドゥなんぞを?」
「いやいや、それは君のおかげやで」
「俺の?・・・意味がわからんのだが」
「まあ細かいことは気にするなって!」
「で、そのディジュリドゥとは正味の話なんぞ?」
「ああ、アボリジニのな、民族楽器。世界最古の管楽器らしいでぇ」
「アボリジニ?聞き覚えがあるな。ネイティブ・アメリカンの一種だったか」
「ちゃうちゃう!オーストラリアの先住民族や」
オーストラリアと聞いて、私は彼がなぜディジュリドゥに出会ったかある程度理解した。
「ああそうそう、今度ライヴよろしくな〜」
「おう」
「え〜と、どこでやるんやっけ?」
「梅田」
「梅田?またえらい小洒落たとこでやんねんなあ。でもまあ梅田やったら家も近いし、チャリでいけるな・・・よしよし」
「・・・貴様、やはり少しも成長しとらんな」
「へ?何が?」
「自分でものを調べるということを覚えたほうが良いということだ。そんなことだからオーストラリアなんぞに行ってしまったのだろうが」
「いやいや、あれはね、俺の中に眠るアボリジニの魂に誘われた結果なんよ。君の言葉はただのキッカケ」
「何をワケのワカランことを・・・。とにかく次のライヴは心斎橋だからな」
「心斎橋?梅田ちゃうのん?え?どっちなん?」
「自分で調べろバカタレ」
posted by ニヒリストHILAO at 10:40| Comment(0) | 逢坂編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

18

前回の話で、タラがライヴ会場に無事たどり着けたかどうか心配になった方もおられるかもしれないが、そこは心配後無用、と言っておこう。
なぜなら、音楽家というヤツは、大抵は本番に先立ちリハーサルというものするからだ。
リハーサルといえば、なにやら本番直前の予行演習のように感じられるかもしれないが、本番に先立つ練習の類はすべてリハーサルという。
ちなみに本番直前の予行演習は『ゲネプロ』と呼ぶのだということを、とりあえずは憶えておいて損はないと思われる。

タラを交えて初のリハーサル。
メンバーは、彼の持つ奇妙な楽器に興味を持ちつつ、各々自分の持ち場についた。
「さてタラ君、その楽器は、一体なんの音が出るのかね?」
阿守の質問に、タラはただ一言
「D」
とのみ答えた。
「他には?」
「D」
「・・・他には?」
「D」
「・・・つまり、Dしか出ないと?」
「D」
「・・・・・・」

「ウチらの曲で、Dだけでいける曲ってあったかね?」
これは阿守から他のメンバーに向けられた質問だった。
この男、自分で曲は作るものの、自身は変則チューニングを多用しているため、自ら作った曲のコード進行を知らないのだ。
そういうわけで、ベーシストとピアニストが、毎度コード進行の解析を余儀なくされることになるのだった。

質問に対して、メンバーはただ首を横に振るのみだった。
「・・・じゃ、今日のところは解散」

数日後阿守からスタジオに来るよう連絡があった。
スタジオに着くと、そこには阿守とタラ、そしてヴォーカルしかいなかった。
「他の連中は?」
「今日はこの4人だけ。この4人で1曲作る」
つまり、ディジュリドゥが合わせられる曲がないので、ディジュリドゥに合わせた曲を作ってしまおうということだった。
なんともシンプルかつ合理的な考えだ。

早速私がドラムセットに着こうとすると、阿守はそれを制した。
「君には今回、コレを使ってもらうよ」
そういって阿守が指した先には、ボンゴが置かれていた。
訊けば、阿守の父親が気まぐれで買ったものを拝借してきたらしい。
「しかし、俺はそんなもの、使ったことはないのだが」
「適当に叩いとけばいいよ」

そして適当な曲が出来上がった。
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2007年01月20日

19

ワンマンライヴは無事終了した。
タラと共演した曲は、歌詞もないような曲だったが、いい具合に力が抜けていたのか、中々好評だった。
とはいえ、それが最初で最後の演奏となった。
元々タラのディジュリドゥに合わせた曲だったので、タラ抜きで演奏する意味はなく、その後タラがこのバンドに参加することがなかったので、演奏する機会がなかったのだ。

このときのタラを迎えた演奏が、後のアコースティックユニット『SOVIET-HIPPIES』の原型となった。
SOVIET-HIPPIESというのは、アコースティックギターを持った阿守とこのバンドのヴォーカルを最小単位とするアコースティックユニットで、そこに私がボンゴで入ったり、タラがディジュリドゥで入ったり、確か随分後のことだったが真鍋がクラシックギターで参加したこともあったはずだ。
このときタラが参加しなければ、SOVIET-HIPPIESなるアコースティックユニットは結成されなかったかもしれない。
そうなると、あるいはSIBERIAN-NEWSPAPERも生まれなかった可能性も、ないとはいえないのだ。
そういう意味で、このライヴ実は大いに意義のあるものだったのかもしれない。

さて、実はこの辺りのことになってくると、私の中で時系列が判然とせず、事象が前後している可能性があることをここで詫びておきたい。
そこはあまり気にせず読んでいただければありがたい。
まあ、もともと虚実入り乱れるこの物語において、そのようなことを気にする必要はないのかもしれないが。


ある日のこと。
私は阿守の当時のバイト先であるレンタルビデオ店に顔を出していた。
そこはなかなかゆるい職場だったので、部外者ではありながらも、私はスタッフルームでお茶を飲みながら阿守や他のスタッフと雑談していた。
そのとき、ふと阿守が言った。
「そうそう、こんどヨーロッパに行くからお金貯めといてね」
「それはいつの話か?」
「ん〜、半年か1年後ぐらいかな」
「で、どこを訪れるのだ?」
「2ヶ月ぐらいかけてぐるっと廻ろうかな、と思ってる」
「ほほう、それはまた壮大な。いくらぐらい必要かな?」
「まあ50万ぐらいあればいいんじゃない?」
「そいつは結構な額だな」
「まあ、がんばって貯めといてよ」
「おう」

私はその時、それは阿守がよく使うタチの悪い冗談だと思い、適当に聞き流していたのだった。
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2007年01月21日

20

数ヵ月後。
「やあ。お金は順調に貯まってるかい?」
ある日、練習のために入ったスタジオで、阿守にそういわれた私は、一体何のことか理解できなかった。
「金?何の金か」
「何の金か、って、ヨーロッパのお金に決まってるじゃないか」
「ヨーロッパ?・・・貴様、ついにボケたか」
「ボケたの君のほうじゃないのか?2ヶ月ぐらいヨーロッパをぐるっと廻るから、50万ぐらい貯めといてって言ったじゃないか」
「・・・あれは、本気だったのか・・・?」
「あたりまえじゃないか!冗談であんなこと言えないよ!!」
「すまん・・・てっきり冗談かと」
「とにかく、この夏に行くから」
「もう大して時間がないではないか!」
「これは決定事項だから、よろしく」
この日から私はバイトをいくつかかけ持ちしたものの、結局金を用意することが出来ず、兄に頭を下げることになった。

日程を決める。
出来れば安く済ませたいのだが、スイスで行われる『モントルー・ジャズフェスティバル』は外したくないというメンバーの要望、そして、最悪野宿でも死なないようにという配慮から、やはり夏がいいということになった。
だが、夏は観光シーズンで、特に7-8月は渡航費がかなり高くなる。
そこらへんをいろいろ考慮した結果、6/30〜8/31という日程がはじき出された。

航空券を予約し、更に日程を詰める。
フランスとフィンランドにメンバーの知り合いがいるので、そこは訪れたい。
ヨーロッパにおける音楽の中心地といえばやはりイギリスなので、そこは外せない。
もちろん、モントルー・ジャズフェスティバルの行われるスイスも外すことは出来ない。
そして大雑把な日程がまずあがった。

タイ航空を利用したため、まずはタイを経由。
バンコクで2泊する。
そこからロンドンへ行き、イギリスで1週間過ごす。
ロンドンから空路でチューリヒへ行き、スイスで1週間ほど過ごす。
そこからしばらく各地を周遊したあと、8月頭にフランスへ行き、そこで2週間。
さらに空路でフィンランドへ。
ヘルシンキに行きたいところだが、タイ航空がヘルシンキをカバーしてなかったので、スウェーデンはストックホルムへ行き、1~2泊後そこから海路でヘルシンキへ。
そこで2週間すごした後、再び海路でストックホルムに行き、バンコクを経て日本へ。

なかなか壮大なプランだ。
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2007年01月22日

21

大雑把な日程を決めてからしばらく後、阿守が私の家に数冊の本を持ってきた。
まずはトーマスクックの時刻表とかなんとかいう本で、ヨーロッパ全土の列車時刻表が載っているもの。
そしてユースホステル(簡易宿泊施設)のガイドブック。
これにはヨーロッパ各地ユースホステルと、その近辺のガイドが掲載されていた。
あとは、旅行ガイドブックと、地図帳。
阿守は私に時刻表を渡した。
「僕には読み方がよくわからないから、君、解読してくれたまえ」
つまり、これらの本を使って、細かい日程を決めていくわけだ。
私は地理や名物名所にはあまり詳しくないので、そこらへんは阿守に一任することにした。

この作業は非常に楽しかった。
阿守が地図帳やガイドブックをみながら「ここからここに行きたい」と言えば、私は時刻表を睨みながら「それは無理だ」とか「そこなら余裕」などと言い合いながら予定を詰めていく。
結局一晩中話し合い、夜が明ける頃には2人とも旅を終えたような気分になっていた。
「せっかく2ヶ月もヨーロッパに行くんだから、観光も出来るだけ取り入れたい」
とは阿守の意見だったが、それにはメンバーも賛成だった。
メンバーの頭の中には『一石二鳥』という四字熟語はちらついてはいたが、『二兎追うものは一兎を得ず』という故事は完全に消え去っていたのだった。


ヨーロッパ行きが決定したからといって日本での活動が無いわけではなかった。
そして私たちは、ヨーロッパに先んじて、東京へ行くことになった。
私たちはあまり東京のことを知らなかったので、阿守や私の旧友である東京在住の選民小説家どのに会場を選別してもらった。
その結果、新宿、秋葉原、渋谷の3ヶ所でライヴを行うことが決定した。
3日連続だったか、間に1日を空けてだったか忘れたが、とにかく結構な強行スケジュールだった。
借りてきたレンタカーが意外に狭く、すし詰め状態での移動もかなりきつかった。

会場の1つである秋葉原のライヴハウスで、私たちは1人の青年に出会った。
彼はそのライヴハウスのスタッフで、「今度ヨーロッパに行く」「へええ、いいですね〜」などと多少言葉を交わした。
この時の彼の印象は、ライヴハウスの若いスタッフという程度のものだった。
ちなみにそのライヴハウスは選民小説家どのから「雰囲気がいい。絶対外すな」と念を押された所だった。
選民小説家どのの助言がなければこの会場は選ばなかっただろうし、彼とも出会わなかっただろう。
その青年は、名を土屋雄作といった。
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2007年01月23日

22

ヨーロッパ行きに向けて、機材を揃えることになった。
向こうでは、おそらくストリートでの演奏がメインになるだろうから、それ用の機材を揃えようというのだ。
ストリート経験のあるヴォーカルから「アンプを通さないとしんどい」という意見を受けたので、エレクトリック機材を揃えることにした。
充電式のアンプ、充電式の電源を買い、私はエレクトリックドラムパッドを買った。
この時はジャンベもカホンも知らなかった。
もし知っていれば、安いカホンでも持って行ったに違いない。
このドラムパッドというものが、おもちゃのような代物だったにもかかわらず、結構な値段だったのだ。

出発に先立ち、一度ストリート演奏をしてみることになった。
機材を車に乗せ、広めの公園に移動。
数人の友人に手伝ってもらいながら機材を展開し、演奏を聴いてもらう。
意外と悪くない、との評価を受けたので、これでいこうということになり、片付けた。
このとき私たちは、ヨーロッパに友人達はついてこず、機材以外にも多数の荷物があり、さらに歩いてそれらの荷物を運ばなくてならないことを完全に失念していたのだった。


予防接種を受けておかないか?
メンバーの1人がそう提言したので、私は賛成した。
数カ国を廻っていれば、妙な病原菌に遭遇する可能性もあるだろうし、大した手間もかからないので、反対する理由はないと思われた。
だが、ただ1人、阿守が断固反対した。
この男は、大の注射嫌いだったのだ。

メンバーから阿守の説得を任された私は、とりあえず謙(へりくだ)った態度で説得を試みた。
「閣下、お話がございます」
すると、阿守のほうもそれに乗せられてか、いつもと口調が変わってしまった。
「2人きりのときは閣下はよせ。いつも言っているだろう」
「はい。では阿守さま、予防接種をお受けにならないと聞きましたが、本当でしょうか?」
「・・・本当だ」
私はため息をついた。
「私たちはこれから数カ国をまたぐ旅に出ます。行く先では未知の病原体やウィルスに晒される怖れもありましょう」
「かといって、病気にかかると決まったわけでもあるまい。それに、旅に危険はつきものだ。それを怖れるなら、最初から旅になど出なければよいではないか」
「そうかもしれません。ですが、危険を取り除く手段があるのなら、それを最大限に利用すべきではございませんか!?」
「平尾、この件に関して俺がいつお前に意見を求めた?」
「・・・・」
「いつ意見を求めたかと訊いているんだ」
「お求めになっておりません・・・」
「お前は俺が求めた時にだけ、意見を述べればいいんだ」
「しかし阿守さま!1人のメンバーが病に侵されれば、行軍は中断され、下手をすれば帰国ということも・・・」
「平尾!」
「・・・はい」
「お前は俺のなんだ?」
「・・・・」
「お前は俺の何かと訊いているんだ」
「・・・・忠実な部下でございます。阿守閣下」

どうやら取り付く島もないようなので、私は出直すことにした



参考文献:銀河英雄伝説/田中芳樹
posted by ニヒリストHILAO at 10:48| Comment(0) | 逢坂編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

23

数日後、再び私は説得のために阿守を訪ねた。
この日は友人に車を出してもらい、車で阿守の家を訪れたのだった。
しばらく雑談したあと、私は話を切り出した。
「実は最近、喫茶店に通っていてな」
「喫茶店?君には不似合いな場所だね。コーヒーにでも目覚めたのかい?」
「俺は紅茶党だ。だがな、俺に紅茶を愛でる趣味は無い」
「じゃあなんで喫茶店に?」
「・・・ウェイトレスがな、美人なんだ」
阿守は目を見開き、こちらを向いた。
「それだけではないぞ・・・・ボインだ」
「閣下!!」
食いついて来た。
予想通りだ。
「閣下はよせ。いつも言っているだろう」
「はい、では平尾さま。美人でしかもボインなどとは・・・あまりにも罪深いではありませんか」
「俺はいまからその喫茶店にいこうと思っているのだが・・・」
阿守は目を輝かせながら、何かを訴えるような表情でこちらをみている。
「試みに問うが、お前は俺のなんだ?」
「忠実な部下でございます!平尾閣下!!」
「よろしい。ではついて参れ」

友人の運転する車に乗った私たちが到着した場所は、病院だった。
白く大きな建物に怯えながら、阿守が問うてきた。
「閣下、なぜこのような場所に?」
「これから予防接種を受けるのでな」
「はあ・・・それは大変なことで・・・」
「別に同情してもらう必要は無い。貴様が受けるのだからな」
すると阿守は、雷にでも打たれたかのように硬直してしまった。
「そ・・・そんな・・・!わ、私のように気の小さい者が予防接種など受けようものなら・・・し、死んでしまいます!」
「貴様が私以上に小心者とも思えんが?」
私は運転席の友人に目配せして、車を降りた。
この日同行していた友人は屈強な男で、私から合図を受けた彼は、阿守を座席から引きずり降ろした。
さすがに衆人環視の中で駄々をこねるわけにもいかず、阿守は渋々私について病院に入った。

正攻法ではどうやら説得できそうもないので、私は一計を案じたのだった。



参考文献:銀河英雄伝説/田中芳樹
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2007年01月25日

24

受付で来院を告げると、私たちは待たされることなく処置室へ案内された。
事前に予約をとっていたのだ。

実は、私は既に予防接種を受けていたので、この日は阿守が受けるだけだった。
だが、処置室に入るや、阿守が取り乱し始めた。
「貴様!ワシにどうしても予防接種を受けろというのかっ!バンドのリーダーであり、比類なき権力をもつこのワシに!!」
どうやら混乱しすぎて自分を見失っているらしかった。
私のほうでもそれに合わせてみることにした。
「ああ、まだお分かりになりませんか・・・。だからこそあなたは予防接種を受けねばならないということが」
そして私は、もし何かの病気に感染して旅が中断されればどうするのか、下手をすれば死に至るかもしれないではないか、などと言葉の限りを尽くして説得した。
「・・・わかった、ワシは受ける!・・・だが、出来るだけ楽な方法がいいのだが・・・」
「注射になさるがよろしいでしょう。実は既に用意してございます」
私がそばにいた医師に対して頷くと、その医師は注射を片手に歩み寄ってきた。
いざ注射を目の前にして、阿守は再びひるみ始めた。
「な・・・なんとか注射を打たずに済まんものかな・・・?途中で帰国してもいい、なんなら日本に残っても構わん、命だけは全うしたいのだ・・・!ワシは・・・ワシはその・・・ワシは死ぬのは嫌だ!!」
注射ごときで死ぬかバカタレ。
そう思いつつ私は友人に目配せした。
友人は頷き、阿守を羽交い絞めにした。
「何をするっ!!放せ無礼者!ああ・・・よせよせ!!・・・ぐぁ・・・!」
そして注射が打たれるや、阿守は気を失ってしまった。

阿守が意識を取り戻したのは、帰りの車の中だった。
結局あの後、私は友人と2人で阿守を担ぎ、車の後部座席に放り込んだのだった。
「・・・ここは?」
「車の中だ。もうすぐ貴様の家に着く」
「ボインは・・・・ボインはどうなった・・・?」
「俺が喫茶店に通えるほど裕福に見えるか?」
「騙したなっ・・・!!」
阿守は勢いよく起き上がり、私を睨みつけた。
「エサにボインとは、古典的かつ陳腐な手法だが、貴様程度にはそれで充分だったようだな」
「卑怯者!!」
「褒められたと、思っておこう」

そして出発の日が訪れた。


−逢坂編 終−



参考文献:銀河英雄伝説/田中芳樹
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