毎週土曜日更新を心がけておりますが、遅れる場合もございます

2007年04月21日

38

約2ヶ月。
私たちは日本に帰ってきた。
空港に着いたころ、夜は既に更けており、一時間ほどで終電がなくなりそうだった。
ところが、電車に乗ろうにも、私たちのほとんどが電車に乗れるだけの円を所持していなかった。
海外には24時間使える銀行ATMがいたるところにあったので、帰国前はさほど現金の少なさに気を留めていなかったのだが、このころの日本は今と違って夜中に使える銀行ATMがなかったのだ。
仕方が無いので、クレジットカード用のATMを使って私が代表でキャッシングし、それを他のメンバーに貸すことでなんとかその場は乗り切った。

「おい阿守!阿守やないか!」
私たちが空港を離れようとしたところに、調子の外れた甲高い声で阿守に声を掛けてくる者があった。
振り返った先には、やたらごつい体格に派手なドレッドヘアー、長いひげにサングラスという、どうみても堅気に見えない人物がこちらに向かって歩いて来ていた。
「なんか、ヤバイのが来てるよ・・・」
「目を合わすな。気付かないふりをしてやり過ごそう。アレはどう見てもマトモな人間じゃあない。いや、人間ですらないかも知れん」
一度は振り返ったものの、私たちは回れ右をして再び歩き始めた。
「おい、ちょぉ待てやお前殺すぞ」
『殺すぞ』という言葉の響き、その独特な発音に、私たちは聞き覚えがあった。
「軍パン!?」
「一宏か!?」
私と阿守はほぼ同時に振り返り、声をあげた。
「ぐふふふふ・・・やっぱり阿守やないか」
男は嬉しそうに笑いながら、サングラスを外した。
随分と変な格好をしていたので、一見して気付かなかったが、その顔はまさしく旧友の藤田一宏だった。
高校を卒業し、彼がイギリスに旅立って以来の再開となる。
「うぉ、お前、軍パンとか一宏とか久しぶりに呼ばれたが」
高校時代、一宏はアーミーパンツを好んで着用していたため、阿守は彼を軍パンと呼んでいた。
しかし軍パンはともかく、一宏という名で呼ばれていなかったというのはどういうことか。
「あいつらやぁ、『ソルジャー』を日本語で何て言うか訊いてきたからやぁ、俺『軍人』て答えたんやって。ほんだら俺のことグンジって呼ぶようになってしもたんやが。んでまたどっかのアホがやぁ、俺の苗字間違えて『ファジトゥ』て言いよってやぁ。ほんでなぁ、俺ちょっとしてから教官になったんやって。ほしたらお前、同僚は俺のことグンジって呼ぶし、後輩とか教え子はマスター・グンジって呼ぶし、上官はファジトゥって呼ぶし、俺ワケわからんようになってしもてやぁ、オカンに電話して『俺の名前何やったっけ?』て訊いてしもたわ」

『グンジ』というのは『軍人』が訛ったもので、『ファジトゥ』というのは『FUJITA』の『U』と『A』の位置を間違えて『FAJITU』になってしまったものらしい。
阿守は『グンジ』という呼称がどうやら気に入ったらしく、以来一宏を呼ぶ時は『グンジ』と呼ぶようになり、表記の際は『軍司』という字を当てるようになった。

私たちは市内まで同行することになり、電車の中で会話に花を咲かせた。
「いやしかし、君もホンマもんの軍パンはきになったんだねぇ。これからもイギリス軍にいるの?それとも自衛隊にヘッドハントでもされたかい?」
「ああ、俺ちょっと前に軍隊辞めたんやって。1年ぐらいロスの音楽学校に通っててん、実は」
その話には私も阿守も驚いた。
きけば、もともと軍隊に入ったのは自分探しの意味合いが強く、軍そのものにはほとんど興味が無かったらしい。
彼は軍人としては非常に高い能力を有していたものの、実戦に参加する意思は全くなく、教官に志願したのもそのためだった。
しばらく経つうちに音楽が恋しくなり、軍楽隊の者と仲良くなってヒマを見つけてはピアノやギターを触っていたらしいが、いよいよそれでは物足りなくなった彼は、結局一度も実戦に参加することなく軍を辞め、単身アメリカはロサンゼルスに渡り音楽学校に入学したのだった。

「そうそう、ほんでやぁ、ある日俺のとこに手紙がきてやぁ、差出人のとこみたら『USガバメント(米国政府)』て書いてあったんやって。危うくアメリカで徴兵されかけたわ」
「君、それ多分米軍からのヘッドハンティングだよ。もったいない!なんで蹴ったんだい?」
「アホかお前殺すぞ。米軍にやか入ったら、戦争に駆り出されるやないか。俺そんなん無理やって!」
「軍人が戦争無理って、じゃあさっさと死ねばいいのに」
「アホかお前、俺もう軍人ちゃうわ。おいちょっと待て阿守、死ねってどういうことや?今のは聞き捨てならんぞ!」
「言葉のアヤじゃないか。いちいち噛みつくなよ」
「ほうか・・・、ほんだらええわ」
しばらくぶりに会ったというのに、話すことは高校時代からひとつも進歩していない2人だった。
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2007年05月05日

39

「いやぁ、しかし、2ヶ月もヨーロッパをウロウロしてたもんだから、楽器がもうボロボロだよ」
2ヶ月間の移動やころころと変わる環境のせいか、阿守のギターは随分と傷んでいた。
「修理に出すのも、お金がかかるんだろうねぇ・・・。軍司の知り合いに有能なクラフトマンとかいないのかね?」
「おるで」
「ホントに?」
「ホンマやって。ウソついてどないすんぞ」
「言っとくけど、銃器のメンテナンスじゃなくて、楽器のメンテナンスが出来る必要があるんだよ?」
「そんなん言われんでもわかっとるわ。なんでお前に武器職人紹介せなあかんねん」
「へええ。君みたいなもんでも、ちょっとはものの役に立つんだねぇ」
「お前その言い方なんぞ、傷つくやないか。人がせっかく好意で言うてやっとんのにやなぁ」
「ごちゃごちゃいってないで、さっさとそのクラフトマンを紹介しなよ」
「お前それ人にもの頼む態度ちゃうやろ?そんなん言うんうやったら、自分で楽器屋にでも持っていったええやないか」
「あれ?君なんだかしばらく見ないうちに随分と男前になったねぇ。やっぱり軍で鍛えると違うんだねぇ。なんか体もがっちりしてるし、表情も引き締まった感じがしていいねぇ」
「え?ホンマに?いやぁ、何か嬉しいなぁ」
「で、クラフトマン」
「おお、ちょお待てよ、名刺探すわ」
そういうと、軍司はカバンの中を探り始めた。
探りながら軍司がしゃべる。
「いやな、アメリカの楽器ショーで知り合うたんやって」
「いいから早くしなよ、とろくさい」
「おい、お前いまなんか言うたか?」
「いやいや、軍司は男前だなぁって言ったんだよ」
「え、そう?なんか照れるなぁ・・・・・・お、あったあった」
軍司が一枚の名刺をカバンから取り出すやいなや阿守はそれを奪い取った。
「お前やぁ、ひったくらんでもええやろが」
「うるさい」
「お前、その態度はちょっとおかしくないか?」
「おい野蛮人、次の駅で降りるよ」
「お前ちょっとは感謝せぇや」
「はいはい、ありがと。あれ、この住所・・・ウチから随分と近いねぇ」
「それより腹減ってない?なんか食いに行かんか」
軽い食事を終えた後、一行は解散し、各々帰路に着いた。

数日後、阿守は一枚の名刺を片手に、自分の家から数分の距離にある邸宅の前に立っていた。
「住所は、ここであってるみたいだね」
そこは軍司に紹介してもらったクラフトマンの家だった。

デューク・ヤマモト

名刺にはそう書かれてあった。
一体どんな人物のなのだろうか。
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2007年05月12日

40

「あんた鬼や!」
すこし開いていた玄関の引き戸の隙間から声が漏れ聞こえてきた。
どうやらなにかもめているらしい。
「ほおぉ、預ける時は仏で引き取る時は鬼でっか。えろう都合のええ話でんなぁ?」
「そんなん言うたかて、これはナンボなんでも高過ぎやおまへんか!?」
「ボロボロのギター持ってきて、明日までに弾けるようにしてくれ、て泣きついてきたんはどこのどなたでしたかなぁ」
「せやかて、ちょっと調整して弾けるようにしてもらえたらワシはそれでよかったんや。それやのに、こないに高い修理代請求されましてもなぁ」
「言わしてもらいまっけどなぁ、あの状態のギター弾けるようにちうのは、オーバーホールせぇ言うんと同じことでっせ?」
「せやけど、オーバーホールにしたってこの値段はちょっと・・・」
「普通、楽器屋に任せたら1ヶ月は待たされるところを、一晩で仕上げましたんや。それなりのもんはもらわんとやってられまへんなぁ。で、どないしますのんや?金は用意出来てまへんのんかいな」
「いや、用意はしとりまっけど・・・」
「ま、ウチはどっちでもよろしけどな。払う気がないんやったらこのまま売りに出すだけですわ」
「そ、それだけは勘弁しとくんなはれ!」
「ほな、出すもん出してもらいまひょか」
「くっ・・・・・・!」
「・・・・・・確かに。ほなおおきに」
「あんたにはもう二度と頼みまへんわ!」
「そら助かりますなぁ」
玄関の戸がガラガラと開き、ギターケースを抱えた男が不機嫌そうに出てきて、そのまま阿守の傍らを通って去っていった。
「何か御用でっか?」
「えっ!?」
去っていく男の後姿を目で追っていた阿守は、不意に声を掛けられて少し驚いた。
「いや、あの、ギターの修理を」
「ほうでっか。ま、上がっとくんなはれ」
先ほどのやりとりを聞いて阿守は少し不安に思ったが、今さら引き返すのも失礼だと思い、促されるままに玄関の敷居をまたいだ。

「ほぉ、マスター・グンジのお知り合いですか」
「ええ、まあ」
「ちょっと、楽器見してもらいま」
デューク・ヤマモトはそういうと、阿守のギターケースからギターを取り出した。
早速ギターをアンプに繋いで、音を出してみる。
ギターを鳴らしながら、いくつかあるツマミを一つずついじる。
「なるほど、配線系統に問題はなさそうでんな」
ケーブルをギターから抜き、今度はいろんな角度からギターを見たり、触ったりするが、阿守にはそれが何を意味するのかよくわからない。
実はまだ正式に修理を依頼したわけではないのだが、まあ、先に見積もりを出してくれるだろうし、それまでは黙って見ておくことにした。
「フレットがだいぶ減っとりまんなぁ・・・。ネックもちょい反ってて、ブリッジの調整もやっといたほうが・・・。2時間ほど時間よろしおまっか?」
「へ?ええ、まあ」
「ほなどっかで時間潰してきとくんはれ。なんでしたらその辺の本でも読んでもろててもええですし」
「あ、はぁ」
「ほな、ちょっと失礼しま」
そう言うと、デューク・ヤマモトは工房に姿を消していった。

部屋を見回すと、ウッドベースが横たえられていた。
気になったので、阿守はそれをちょっと触ってみたが、高いものだといけないのですぐにやめ、無造作に積まれてあった漫画本の中から『ゴルゴ13』を手に取り、読み始めた。

阿守が『ゴルゴ13』を3冊ほど読み終えた辺りで、デューク・ヤマモトが再び姿を現した。
「お待たせしました」
「あ、どうも」
デューク・ヤマモトがギターを阿守の前に差し出す。
「とりあえず、フレットの打ち直し、ネックの反りとブリッジの調整しときました。これで充分いける思いますわ」
結局阿守が正式に依頼するより先に、デューク・ヤマモトは作業を終えてしまったのだった。
デューク・ヤマモトはギターをケースに仕舞うと、それを阿守に渡した。
「ほな、またなんかあったらいつでも来とくんなはれ」
「え、あ、いや、修理代は・・・」
「ああ、今回はサービスさしてもらいま。マスター・グンジの紹介ですし」
「え、いいんですか!?」
「よろしおま」
「ありがとうございます!」
帰ろうとした阿守の視界を、横たえられていたウッドベースが掠めた。
「あのコンバスも修理するんですか?」
とくに意味はないが、阿守はなんとなく訊いてみた。
「いえ、あれは僕のですわ。まあ、ほとんど触ってまへんけど」
「へええ」
この何気ない問答が後に大きな意味をもつことを、このとき2人はまだ知らない。
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2007年05月19日

41

私たちは国内での活動を再開するにあたり、バンド名を『DEATH PIZZA』から『WORLD DEFENSE LOVERS』へと改めた。
DEATHからLOVEへの華麗なる変貌は、さながら灰の中から甦る不死鳥を思わせるではないか。
などと格好をつけてみたが、単に海外での名前に対するイメージがあまりよろしくなかったから改名しただけのことなのだが。

ヨーロッパに行ったおかげ、かどうかはわからないが、私たちはいくつかの新曲を得ることが出来た。
それを苦労して練り上げた私たちは、その新曲をひっさげて再び東京へと向かうことにしたのだった。

再び訪れた東京で、やはり再び秋葉原のライヴハウスを訪れた。
その時共演したバンドの中に、なかなか興味深いものがあった。
聞けば弾き語りの女性アーティストらしいのだが、その日はサポートメンバーがついていたのだった。
その内の1人がそのライヴハウスの店長で、もう1人はスタッフだった。
店長の方はベースを、スタッフの方はヴァイオリンをたんとうしており、エレクトリックバンドにヴァイオリンというのはなかなか珍しい図式で、少なくとも生で見るのは初めてだった。
あのヴァイオリニストの青年、名は何といったか・・・・・・。
「何か彼、王子サマみたいだねぇ」
おそらくはヴァイオリニストに対する阿守の感想を聞いて、メンバーはただただ頷くばかりだった。

「君はヴァイオリニストだったのか」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
リハーサル終了後、阿守とその青年がなにやら話していたようだが、私は腹が減ったので何か食べに行くことにした。
だが、せっかく東京に来たのだし、1人でメシを食うのもなにやら寂しい気がしたので、一応メンバーを一通り誘ったのだが「今は結構」と全員に拒否されたので1人寂しくファーストフードをいただくことにした。
私が近所のハンバーガーショップで注文を終えた頃、阿守から電話がかかってきた。
「今からみんなで何か食べに行くんだけど、君もどうだい?」
「貴様ら、さっき誘ったときは拒否したではないか!あれから5分も経っておらんぞ!!」
「ああ、ごめんごめん。で、どうする?」
「もう注文を終えてしまったわ、バカタレ!!」
いつか全員ぶん殴ってやろうと思った。

メンバーに対する殺意はあったものの、それをなんとか押さえることの出来る私の寛容な精神よって、ライヴは無事終えることが出来た。
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2007年05月26日

42

私たちは1stアルバムを製作することにした。

これまでに私たちは何枚かのデモCDを発表していた。
最も新しいのは、ヨーロッパへ持っていったものに帰国後出来上がった曲を数曲加えたもので、それは気前よく無料で配った。
しかも1000枚。
それをほとんど1人でせっせと焼いたのだから、私もなかなかの働き者だ。
本を読みながら作業しており、CD1000枚焼き終える間に創竜伝(田中芳樹/著)の既刊分(たしか10巻ぐらいだったと思う)を読み終えてしまった。
そしてCD1000枚を配り終える頃、今度は売り物のCDを作ろうという話になったのだった。

最初はフルアルバムを製作する予定だったが、私たちの能力的かつ経済的な理由により、ミニアルバムぐらいが限界だろうということで、結局は7曲入りのミニアルバムというところに落ち着いた。

私たちは製作中もライヴ活動を活発に行っていた。
そのライヴ活動の中で、私たちは1人のヴァイオリニストに出会った。

当時大阪には、世界でおそらく最も有名なサーカス団が来ていた。
多くの人は団体名よりも公演名のほうこのサーカス団を記憶しており、誰もが知っている公演名なのだが、諸事情によりその名は伏せさせていただく。
そのサーカス団の楽隊とパフォーマーがオフの日に趣味でライヴをしたいという話を、難波のとあるライヴハウスが受け、そこと共演してみないかと、そのライヴハウスの店長が私たちに打診してきた。
むろん私たちは二つ返事で引き受けた。

そのバンドはギター、ヴァイオリン、ヴォーカルのトリオだった。
ヴァイオリンは楽団のヴァイオリニストが、ヴォーカルはパフォーマーが、そしてギターはキーボーディストが担当していた。
なぜキーボーディストがギターを担当しているのか訊いたところ
「契約により公演以外の公の場でキーボードを弾くことは禁じられている」
とのことだった。
ではヴァイオリニストの方はどうなのだろうか?
皆、気にはなったようだが、あえて誰も訊かなかった。

リハーサル終了後、そのバンドに興味を持ったメンバーが彼らに話しかけた。
何を隠そうこのWDL(WORLD-DEFENSE-LOVERS)というバンド、私以外の全員が英語に通じているのだった。
向こうでもこちらを気に入ってくれたらしく、随分と仲良くなった。

「よかったら今日のウチらの演奏の時、1曲だけゲストで参加してくれないか?」
ヴァイオリニストにそう言ったのは誰だったか。
ダメで元々、というつもりで言ってみた私たちの提案をそのヴァイオリニストは
「いいよ」
と、あっさり引き受けてくれた。

その日のライヴでは私たちがトリを務めたので、彼にはアンコールで出てもらうことになった。
しかし、さすがに世界を股に掛けて活躍する一流の演奏家は、大変な実力の持ち主だった。
私たちが創り、世界で私たちにしか演奏出来ないはず曲は、しかし彼の為に創られた曲であるかのように演奏されてしまい、私たちは完全に彼の引き立て役を演じさせられてしまった。
結局私たちはこのヴァイオリニストの足元はおろか、そこから伸びる影にすら手が届かなかったわけだが、それでも彼が参加した曲の演奏は非常に楽しかった。

「ウチらの作品に参加してくれないか?」
終演後の打ち上げの席で、酔った勢いで頼んでみた。
さすがにこれは無理だろう、と思ったが
「いいよ」
と、彼はあっさり引き受けてくれた。

そしてそのヴァイオリニストは、一度ライヴで演奏しただけの曲をたったの4テイクで録り終えてしまった。
posted by ニヒリストHILAO at 22:32| Comment(0) | 解散編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

43

製作開始から1年以上の期間を経て、WORLD DEFENSE LOVERSの1stミニアルバムが完成した。
えらく時間はかかったものの、多くの人の助力を得たおかげで相当安く仕上がった。
作品のクオリティも想像以上のものになった。
そしてその作品を引っさげて、私たちはなんとあの神戸チキンジョージでワンマンライヴをすることになったのだった。

神戸チキンジョージといえば、これまでに多くの有名なアーティストが出演してきた、いわば名門のライヴハウスだ。
そのライヴハウスで私たちがワンマンライヴをするに至る経緯を、少しばかり説明せねばなるまい。

ある日私たちは、チキンジョージのブッキングライヴに参加した。
チキンジョージといえど四六時中有名アーティストが出演しているわけではない。
大抵の日はアマチュアやインディーズバンドを集めたライヴをしており、それに私たちも参加したのだった。
で、そのライヴの打ち上げの席に、チキンジョージの取締役の1人が現れた。
その取締役は相当泥酔した状態で現れ
「おう、自分ら今度ワンマンしたらええやないか」
とかなんとかそんなことをいって去っていった。
事は酒の席の冗談で終わってしまう話だった。
だが、そうさせなかった男がいたのだ。

その男は南堀江でとあるライヴハウスを経営しており、チキンジョージとも結構なコネクションを持っていた。
私たちはここのところそのライヴハウスに出演する機会が多く、店長であるこの男との関係もある程度深まっていた。
ちなみにそのライヴハウスは、月に何日かだが、終演後数時間を経た深夜にSMクラブとして再開店するという噂があった。
だが、私は未だにその真偽を確かめてはいない。
とにかくその男がこの酒の席での発言を言質にとり、ワンマンライヴを実現させたのだった。
名をタッキー・タイラントというが、そのプロフィールには不明な部分が多い。
噂によると、どこぞの実験場を逃げ出した地球外生命体が、高性能な着ぐるみ(或いはそれに類するもの)を着用して人間社会に紛れ込んでいるとのこと。
そういえば背中にファスナーのようなものを見た、という話を聞いたことが有るような無いような・・・。
それに、短期間でえらく体型が変わることもあり、おそらくその着ぐるみ(或いはそれに類するもの)の調整を時々誤っているのだろうが、本人は気付かれていないと思っているようだし、私はニヒリストなので、そのことには未だ触れずにいるし、今後も触れることはあるまい。

とにかく、そのタッキーなる人物が半ば詐術的な手腕を用いて私たちのワンマンライヴを決めてしまった。
おそらくは、チキンジョージ史上最無名バンドによるワンマンライヴだろう。

それから私たちはワンマンライヴの準備を始めた。
だが、それは一向に進まなかった。

「阿守くん?タッキーやけど、ワンマンの準備どない?」
「うん、順調に進んでるよ」

「阿守くんワンマンは準備どない?進んでる?」
「君も心配性だなぁ。ちゃんと進んでるよ」
「ほなそろそろセットリスト(曲順表)だけでもあげてくれる?」
「オーケーオーケー」

「阿守くん、あれから大分たつけど、セットリストはまだ?」
「なんだなんだ?君も随分せっかちだなぁ」
「それに、細かい打ち合わせとかもしたいねんけど・・・」
「ああ、まぁ・・・そのうちね」

このような不毛な会話に業を煮やしたタッキーが、遂に強硬手段に出てしまった。
結論から言うと、タッキーは私たちを拉致監禁してしまったのだ。
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2007年06月09日

44

その日私はいつも使っているスタジオに呼び出された。
そこには1台のワンボックスカーが停まっており、私が近づくと窓からタッキーが顔を出した。
「あ、来た来た。ごめんやけど乗ってくれる?」
いまいち状況は理解できなかったが、とりあえず私は車に乗り込んだ。

車の中にはすでにメンバー全員が乗り込んでおり、さらに機材まで積まれていた。
「これは一体なんの集まりか?」
私は誰にというわけでもなく問いかけてみたが、少なくともメンバーは誰一人状況を理解していないようだった。
「おいタッキー、貴様なんのつもりだ?」
そこで私はタッキーに問いかけてみたが
「まあ、細かいことは気にせんといて」
といって、車を発進させた。

数時間後、私たちが辿り着いたのは、絶海の孤島に建てられた宿泊施設付きのスタジオだった。
「とりあえず機材降ろして」
私たちはタッキーにいわれるまま、車からスタジオへ機材を運んだ。
一通り機材のセッティングが終わると、タッキーが改めてメンバーを集合させた。
メンバーを一通り見回したタッキーは、一呼吸置いて口を開いた。
「さて、みなさんにはここで殺し合いをやってもらいます」
「そ、それは一体どういうことだい!?」
「どういうこと?そらこっちの台詞やで阿守くん。ワンマンまであとどれぐらいやと思ってんねん。それやのにまだセットリストもあがってないて、どういうこと?わるいけど、殺し合いでも何でもしてワンマンの青写真仕上げてもらうで!早い話が合宿や!!」
こうして地獄の合宿が始まったのだった。

合宿にはメンバーの他に、照明技師が1人と舞台監督としてタッキーが参加した。
それはもうひどい合宿だった。
閉鎖された空間に7人もの切羽詰った人間が集まると、ちょっとしたことが言い争いに発展する。
言い争いが始まると、ニヒリストでパシフィスト(平和主義者)の私はその状況に嫌気がさしてスタジオを逃げ出してしまう。
しばらくして争いが収まると、私を呼び戻す電話がかかってくる。
戻ってしばらくするとまた言い争いが始まる。
私が逃げる。
呼び戻される。
という無間地獄を丸二日ほど繰り返した結果、なんとかワンマンの概要が固まった。

「ある程度ワンマンの流れも決まったワケやけど、いまひとつパンチが足りんなぁ」
合宿を終えたあと、帰りの車で発せられたタッキーの言葉に、メンバーは一様に頷いたが、ただ1人阿守だけは余裕の表情を浮かべていた。
「ワンマンに向けて、僕が本当に何も考えていないと思っていたのかい?君たちは」
「いや、考えてなかったやろ?」
「バカだなぁ、そんなわけないだろう?」
「ほな、なんかええ考えでもあるんかい?」
「実はね、ゲストを1人呼ぼうと思っている。いや、呼ぶ。既に段取りは組んであるんだよ」
「ゲスト?」
「ヴァイオリニストをね。だって、僕らの曲には、一曲ヴァイオリンが入っている曲があるだろう?今まではヴァイオリン抜きで演奏してたけど、ワンマンぐらいはちゃんとヴァイオリンを入れようと思ってね」
ヴァイオリニスト、といわれて思い浮かんだのは、例のサーカス団のヴァイオリニストだった。
「しかし、既にサーカスは終わっており、あの男は故郷に帰ったのではないか?」
「平尾くん、君はホントにバカだなぁ・・・。僕らには他にヴァイオリニストの知り合いがいるだろう?」
「ほかに・・・?」
「雄作だよ」
「雄作・・・?雄作とは、あの東京の青年か?」
「そう。今回のワンマンライヴに、雄作にゲストとして参加してもらう」


こうして私たちは、初めて雄作と共演することになったのだった。
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2007年06月23日

45

神戸チキンジョージ・ワンマンライヴ当日。

結局雄作とは当日に合流し、リハーサルで音あわせをすることになった。
とはいえ、事前に音源を渡してあったので準備は整っており、音合わせは問題なく終了した。
舞台監督のタッキーがこの日なにより骨を折ったのは、7〜800人収容できる会場に200人程度しか呼べなかった我々の不甲斐なさをどうカバーするか、ということだった。
うまくテーブルやら椅子やら備品を配置した結果、不思議なことに200人程度で満員に見えたのは、驚異的な魔術としか言いようがない。
母星の超科学力を用いて空間を歪めでもしたのではないかと疑ったが、あえてそこには突っ込まなかった。

さて、この日雄作と出会ったことをすっかり忘れていたタッキーは、数年後
「俺も雄作くんに会ったのはシベリアンが始まってからやもんなぁ」
などと口走ったため
「なに言ってるんですかぁ、チキンジョージのワンマンの時に会ってるじゃないですか。ひどいなぁ・・・」
と、より優れた記憶力を有する雄作に罵られることになる。
「ああ!そういえばそうやった!!まるで王子さまみたいやなぁ、ってそん時思ったわ」
「まるで王子さまみたい、って・・・。まあいいですけど」
雄作の第一印象によく用いられる『まるで王子さまみたい』という表現が、実はとんでもない誤解だとういうことを、私たちはこの日思い知らされることになる。

ライヴは大盛況の内に幕を閉じた。
特に雄作を迎えたアンコールの熱狂振りは相当なもので、後で思い出してもニヤニヤしてしまうほどだった。
「ああ、あれは良かったですねぇ・・・」
と、数年たった後でもつい述懐してしまうほど、その日のライヴは楽しかったのだった。

ライヴ終了後、本格的な打ち上げを前に、私たちは楽屋でワインを開けて乾杯した。
各々気分良くグラスを空け、一段落ついたころ、楽屋に1人の男が現れた。
見るからに上等なスーツを身にまとい、物静かげではありつつもどことなく威厳を漂わせるその男は、落ち着いた足取りで私たちに歩み寄ると、軽く頭を下げた。
「お迎えにあがりました、殿下」
・・・殿下?
私たちが戸惑って辺りをきょろきょろと見回しているところに
「ああ、ごくろうさん」
と声をあげたのは雄作だった。
一同の視線が雄作に集まった。
「殿下って・・・どういうことだい?」
数秒の沈黙の後、ようやく質問を発したのは阿守だった。
「えーと、どういうこと?」
その雄作の質問は、先ほど現れた身なりの良い男に向けられたものだった。
それに男は淡々と答えた。
「雄作さまはわが国の王太子殿下でいらっしゃいます」
「・・・だそうです」
・・・・・・へええ!?
その素っ頓狂な声を誰があげたのか定かではないが、ともかく私たちは各々考えうる限り最大の感嘆符を発したのだった。

そのちょっとした騒ぎが収まりかけたのを見計らって、雄作は帰り支度を始めた。
「じゃあ、僕はそろそろ帰りますね」
「殿下、お荷物を」
「ああ、じゃあ、それとそれ、お願い。楽器は自分で持つからいいや。じゃ、おつかれさまで〜す」
いまだ驚きから醒め得ない私たちを後に、雄作は悠然と姿を消したのだった。

結局、雄作の第一印象に良く用いられる『まるで王子さまみたい』という表現には、大きな誤りがあったのだ。
彼は本物の『王子さま』だったのだから。


神戸チキンジョージでのワンマンライヴを終えた私たちの活動は、そこから更に加速するかに思われた。
だがその直後、WORLD DEFENSE LOVERSは解散することになるのだった。


休載のお知らせ
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2007年07月07日

46

WORLD DEFENSE LOVERSが解散する。
そんな空気が流れ始めたころ、私はとにかく阿守の心境を聞きたく思い、コンタクトを取った。
その日阿守はカフェにいるとのことだったので、夜も随分更けたころだったが、私は阿守がいるカフェを訪れた。

24時間営業のそのカフェには、夜中ということもあってか阿守以外に数人の客がいるばかりで、阿守は4人掛けのテーブルを占領し、コーヒーカップを片手に煙草の煙を燻らせていた。
入店した私を発見した阿守は軽く手を挙げ、私を自分のいるテーブルまで促した。
「まあ座りなよ」
席に座った私は早速本題に入った。
「で、貴様どうするつもりだ?」
「何が?」
「『何が?』だと?事ここに至って貴様は俺に『何が?』と問い返すか?」
「わかった。わかったよ。せっかちだな君は。コーヒーでもどうだい?一杯おごるよ」
「結構だ。で、どうなのだ?」
「どうだと訊かれても、僕1人で決められる話じゃないだろう?」
「そんなことは判っている。俺が訊きたいのは貴様の考えであってバンドの未来ではない」
「そうはいうけどね、今じゃ随分といろんな人が関わっていて、僕の考え一つでどうにかなるような状況じゃないからねぇ」
「だから、バンドやら関係者やらそういうことは抜きにしてだな、貴様の考えを訊きたいと、俺はさっきからそう言っておるのだ」
「いやぁ、そう言われてもねぇ」
「貴様一応リーダーだろう?その煮え切らん態度はなんだ?」
「いやぁ・・・リーダーといわれてもねぇ・・・」
その阿守の態度に、私は我慢の臨界点を超えてしまった。
私が怒りに任せて勢いよくテーブルを叩くと相当大きな打撃音が店内に響き渡たった。
驚いた店のスタッフや他の客の視線がこちらに集中し、衝撃でテーブルに置いてあった装飾用の照明器具が床に落ちてしまったが、私は気にせず感情に任せて口を開いた。

「組織いうもんは!トップに立つもんがはっきりせな一番困るんや!!賛成も反対も出来んような状態がなっ!!」

それでも阿守は何も言うつもりはないらしく、結局私はこの日、阿守から何らかの意見を聞くことを諦めざるを得ないようだった。
「高血圧で倒れたら治療代請求するで」
阿守は何も言わず、落ちた照明器具を拾い上げた。
だが落下の衝撃で変形してしてしまったらしく、その照明器具はテーブルに戻されたものの、阿守が手を離すと再び床に落ちてしまった。
阿守は、それをもう一度拾おうとはしなかった。
「ええ薬さがしてみますわ」
「おう、よろしゅう頼んまっせ」

その後、数回の話し合いと殴り合いを経て、WORLD DEFENSE LOVERSの解散が決定した。


解散決定後、メンバーは手分けしてそのことを関係者に知らせた。
タッキーに解散の報告をしたのは阿守だった。
「もしもしタッキー?僕だけど」
「ああ、阿守くん?ええとこに電話してきたわ。実はな、ガルマルナとの2マンがいよいよ実現しそうやで!」
「あ、いやその・・・」
「それにやな、いま俺のもつコネクションをフル活用してやな、ソマリアでソマリア演奏するちゅう企画をぶち上げようと思ってんねん。もう外務省に企画書出す手はずは整っててやな・・・」
「解散するんだ」
「・・・・・・え?」
「だから、バンド・・・解散するんだ」
「ごめんごめん、よく聞こえんかった。何て?」
「いや、だから、その、僕らのバンドがね、解散するんだよ」
「あれ?おかしいなぁ・・・電波悪いんかなぁ。ゴメンやけどもっかい言うてくれる?」
「WORLD DEFENSE LOVERSが解散します!すんません!!」
「あかん、電話の調子おかしいわ。悪いけど、直接ウチ来てくれる?」

その後、2人の間でどのようなやり取りが交わされたのか明らかではない


WORLD DEFENSE LOVERSは解散した。
それについて、私はこれ以上語るつもりはない。

解散編・終



参考文献
首領への道/村上和彦・GPミュージアムソフト
銀河英雄伝説/田中芳樹・らいとすたっふ


休載のお知らせ
posted by ニヒリストHILAO at 09:30| Comment(0) | 解散編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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