毎週土曜日更新を心がけておりますが、遅れる場合もございます

2007年07月26日

47

『WORLD DEFENSE LOVERS アコースティックユニット”SOVIET HIPPIES”(ソヴィエト・ヒッピーズ)』
というものがあった。
WORLD DEFENSE LOVERSの活動後期、カフェなどのアコースティックステージに出演を依頼されることが度々あり、そのために作られたユニットだった。
最小構成はヴォーカルと阿守の2人。
そこにゲストミュージシャンを加えるといったもので、キーボーディストが音響を務めることが多かった。
そのSOVIET HIPPIESのゲストとして真鍋やタラが何度か出演したらしいが、私はほとんど関わっておらず、見に行ったこともあまりないので、このユニットに関して実はよく知らない。

WORLD DEFENSE LOVERSが解散してから、私はたいしてやることもなく、なんとなくドラム練習をしていた。
あるいはこの時期こそがこれまでの人生で最も勤勉だったらしく、この時期に私は少なからず技倆をあげたと自負している。
それほどまでに、私は練習に打ち込んだ・・・というわけではない。
それまでの私が単に怠惰だっただけの話で、要はバンド練習に費やされていた時間を個人練習に充てただけのことだった。
つまり、私はバンド活動を始めると極端に個人練習をしなくなるのだ。
そしてそれは今も変わらない。
だが、そのことがあまり知れ渡ると、若いヴァイオリニストや腹の大きなマネージャーから叱責を喰らうので、私が普段、非常に怠惰であるという話はここだけの秘密にしておいてもらおう。

解散が決定して以降、私は今後の身の振り方について考えることが多くなった。
そんな時期に、私はある依頼を受けた。

物語を書いてくれないか、と。

私は常々物語を考えるのを趣味としている節があり、常人に比して少し上、という程度の文章能力も持ち合わせていたので、その依頼は快諾した。
すると、今度はそれをもって今後の行く末を占ってみてはどうか、という考えが、僅かながら私の中に芽生え始めた。
すなわち、小説家になるのもひとつのテではないか、ということだ。
そうなるといろいろ問題が芽吹いてくる。
まず物書きとしての能力。
常人に比して少し上、という程度の文章能力では小説家としてあまりに貧弱な能力であろうから、まずは文章を一から勉強すべきだろう。
そうすると、新たな問題が浮上してくる。
すなわち、私が怠惰だということだ。
さらにもうひとつ。
音楽はどうするのか?
この世に生を受けた時は真性のニヒリストだった私も、長ずるにつれてそのニヒリズムを擦り減らしていったらしく、これまで十数年という歳月を捧げてきた音楽を安易に捨て去るほどのニヒリズムは既に私の中には残っていなかった。

このとき私には2つの選択肢が突きつけられていた。
『小説も書けるドラマー』になるか
『ドラムも叩ける小説家』になるか

いかにして二足の草鞋を上手く履いていくかということに思いを馳せていた、そんなある日のこと。
解散以降、一度も連絡をとっていなかった阿守から一通のメールが届いた。

「こんど知り合いのカフェでSOVIET HIPPIESのライヴやるんだけど、きみ、ジャンベでも叩きなよ」

そのメールを読んだ私は、二足の草鞋をひとまず脇によけておくことにして阿守に返事を送った。
久しぶりに阿守から受け取ったメールに対する返信文は、わずか二文字で事足りた。

「やる」
posted by ニヒリストHILAO at 08:48| Comment(4) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

48

SOVIET-HIPPIESのライヴが決まった後、私は前のバンドのキーボーディストに会う機会があった。
彼はSOVIET-HIPPIESがライヴをやる際、必ずといっていいほど音響を担当していたので、それについておそらく何かをしっているだろうと思い
「今度SOVIET-HIPPIESでライヴやることになったよ」
と言ってみたら
「え、そうなんや」
と何も知らない様子だった。

おや。
どうやら今度のSOVIET-HIPPIESは私が知っているSOVIET-HIPPIESではないらしい。
しばらく後、阿守から再びメールがあり、それで初めて新生SOVIET-HIPPIESのメンバーを知ることが出来た。

ヴァイオリン:雄作
ギター:阿守
ギター:ズッサン
ディジュリドゥ:タラ
ジャンベ:平尾
ピアノ:ハジメ

ほほう、今度はインスト(=インストゥルメンタル=歌なし)か。
なるほど、阿守と雄作が組むというのは非常に興味深い。
タラをメンバーに加えるとうのも案外妙手かもしれん。
それにズッサン。
阿守の幼なじみにして、孤高のギタープレイヤー。
今まで誰とも組まなかったこの男が、遂に組織に属するわけだ。
眠れる獅子もついに目覚めるか・・・。

・・・・はて。
このハジメとういのは一体誰か。
まあ、いずれ判ることなので、あまり気にはすまい。

数日後、曲を聴かせたいので何か録音できるものを持って来い、との連絡を受けた私は阿守邸に向かった。

阿守邸に行くと、ギターを抱えた阿守が待ち構えていた。
「君、それを持ちなさい」
阿守の示した先にはジャンベが置いてあった。
「これは?」
「タラに借りた。とりあえず適当に合わして」
と言われたので、阿守の弾くギターに合わせて、私はほとんど始めて手にするジャンベを叩いた。
「うん、いいね。いい感じだよ。ところで、録音機器は持ってきたかい?録音して雄作に送ろうと思ってるんだけど」
私は弟から安く譲り受けた録音機能付きデジタルオーディオプレイヤーをカバンから取り出した。
「なんだいそれ?」
「俗に言うMP3プレイヤーだ」
「そんなんで録音できるのかい?」
「出来るらしい」
じつは私はまだ録音機能を使ったことがなかった。
「で、それに録音した音をCDかMDにして雄作に郵送して欲しいんだけど」
「いや、MP3でダイレクトに録音出来るから、そのままデータで送ればよかろう」
「???・・・・・・君は何語をしゃべってるんだい?」
「つまり、録った音を雄作が聴ければいいのだろう?」
「まあ、そうだね」
「なら貴様はだまってギターを弾け。後は俺がなんとかするから」
「・・・・・・よくわからないけどそうするよ」
ボタン1つで録音出来るデジタルオーディオプレイヤーのおかげで、2人はあっさり作業を終えることが出来た。
posted by ニヒリストHILAO at 10:43| Comment(0) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

49

「あ、ちょっと待って、コレ」
阿守邸から帰ろうとしたとき、私は阿守から一枚のCDを渡された。
「聴いといて」
「なんだこれは?」
「ハジメちゃんの曲」
そういえば、ピアニストにハジメくんとやらがクレジットされていたのを思い出した。
「で、誰なのだ?ハジメとは」
「ん〜、魔法使いらしいよ」
「魔法使い?」

阿守がハジメくんとやらいう人物と出会ったのは、難波ロケッツで先日行われたカウントダウンパーティーでのことらしい。
そこで偶然セッションすることになり、それを聴いた人から一度ユニットでも組んでみたらどうかといわれたらしい。
それを聞いた『デコラ』というカフェの店長が、「そういうことならウチで演奏してみないか」といいだしたのが今回の事の始まりだそうな。
「最初は前のバンドの曲を適当にアレンジして、ピアノとデュオで適当にお茶を濁そうかと考えていたんだけどね。それじゃあまりにも芸がないんで、新曲を書いてみたんだよ。そしたら妙に出来が良くてねぇ。で、試しにズッサンに聴かせたらえらく気に入ってね。じゃあ一緒にやろうかってことになって、それならもうちょっとメンバー集めてみようという気になって、試しに前から一緒にやってみたかった雄作を誘ってみたらOKしてくれたんだよ。で、あとは適当に声掛けた感じかな。まぁ、お遊びだと思って適当に付き合ってくれたらいいよ」

この時点で既に演奏の日程は決まっていたので、先んじてリハーサルに入ることになった。
「やぁ、お久しぶりです」
「どうも、はじめまして」
雄作と再会を果たし、ハジメくんと会った私は、さらにズッサンやタラとの再会の挨拶もそこそこに練習を始めた。
私たちにはあまり時間がなかったのだ。

WORLD DEFENSE LOVERSが解散したあと、私は不安だった。
納得の上で解散させたものの、私はWORLD DEFENSE LOVERSを至上のバンドだと思っており、今後これ以上のバンドが組めるのかどうか、不安だったのだ。
そしてその不安は、SOVIET-HIPPIESの練習を始めて5分で綺麗さっぱり消え去った。
「このバンドはヤバい」
全員の音が鳴り出した瞬間、私はそう思った。
そしてそれと同時に、このバンドの活動がたった1回のライヴのためのお遊びであることを、私は残念に思ったのだった。

その日の練習は今もよく使用している南堀江のPADスタジオを使っていた。
そして、その同じフロアに、あの鬼マネージャー・タッキーが経営するライヴハウス『KNAVE(ネイヴ)』がある。
ちなみに『KNAVE』とは古代バビロニア語で『地獄』を意味する。
鬼が棲むにはうってつけの場所だ。

練習を終えた私たちを見つけたタッキーは、阿守を呼び寄せた。
「阿守くん、この日ライヴやってや」
「え、なんで?」
「いや、出る予定のバンドがキャンセルになってん。もちろん断ったりはせんよな?」
「ちょっと待って。みんなの都合があるから・・・」
全員の都合を訊いた結果、出演は可能であるようだった。
「ほな決定な。いやぁ〜、音源も聴かんと出演了承したるなんて、俺も太っ腹な男やで!!」
軽快な笑い声とともに、少なくとも外見的にはそう見える太っ腹を片手で叩きながら、タッキーはその場を去っていった。

SOVIET-HIPPIESは、この時点で少なくともライヴ2回分は存続することが決定した。



ご注意を!!
KNAVE=地獄ウソです。
正しい意味は知りたい方は、ご自身でお調べになってください。
posted by ニヒリストHILAO at 00:00| Comment(0) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

50

カフェ『デコラ』でのライヴは盛況のうちに幕を降ろした。
私としても、これほど楽しいライヴは随分久しぶりのことのように思えた。
その約1ヶ月後に行われたKNAVEでのライヴもなかなかいい感じに終えることが出来た。
「君ら、なかなかええ音楽やっとるやないか」
と、珍しく店長のタッキーが褒めてくれた。

そのタッキーの陰から1人の男が現れた。
不健康そうな痩身のその男は、私たちを見るなり指をパチンと鳴らし、そのまま私たちを指差した。
「いただき!」
急に現れた男が突然変なこと言い出したことに私たちは少々面食らってしまった。
「君ら、いいねぇ。いただき!」
その男はそういうと、どこかへ姿をくらましてしまった。

「アレは・・・なんだい?」
「・・・ああ、他所の制作会社からウチに出向で来てる中川いう男や」
阿守が訊ねると、多少呆れたような口調でタッキーが応えた。
後日、『社長』と呼ばれる男だ。


SOVIET-HIPPIESのメンバーは住む場所が離れている。
私と阿守とタラは大阪だが、雄作は東京、ズッサンは香川、そしてハジメくんは何と北海道から来ていた。
KNAVEでのライヴを終えた後、私はたまたまハジメくんと2人きりになる機会を得たので、少し気になっていることを訊いてみた。
「ハジメくんよ。君は魔法使いだというが、本当かね?」
「ええ、本当ですよ」
この平成の世に、魔法使いなるものが存在していること自体、にわかに信じがたいことだったが、こうもあっさり肯定されてしまうとどうにもそれ以上このことに関して訊く気が失せてしまった。
一体魔法使いなるものが普段は何をしているのか、気にはなっていたが、それは別の機会に訪ねるとしよう。
「ところで君は北海道くんだりからどうやって大阪まで来たのか?」
「空飛んで来ました」
それはそうだろう。
陸路や海路で北海道から大阪へ来るのは相当しんどいに違いなく、空路を利用するのは当たり前だ。
我ながらつまらない質問をしてしまった。
「しかし、その大きな鍵盤を持って飛行機に乗るとなると随分嫌な顔をされるだろう?」
自前の大きなキーボードを抱えていたハジメくんが、キョトンとした目で私を見た。
おや、変なことを言っただろうか?と不思議に思っていると、ふと我に帰ったようにハジメくんは口を開いた。
「まさかまさか。こんな大きな荷物もって飛行機には乗れませんよぉ。精密機械ですから預けるわけにもいきませんし」
私は首を傾げた。
ではどうやってそのキーボードを運んでいるのか。
「じゃあ、ボクそろそろ帰りますね」
ハジメくんはそう言うと、持っていたキーボードを地面に横たえた。
そして、驚くことに、そのキーボードの上に乗ったのだった。
「おい、ハジメくん、きみ・・・」
次の瞬間、私は言葉を呑み込んでしまった。
キーボードに乗ったハジメくんが、宙に浮いたのだ。
「それじゃ、おつかれさまで〜す」
そういうと、ハジメくんは音もなく飛んで行き、夜空の彼方に消えてしまった。

「・・・なるほど。魔法使い・・・か」
誰に語りかけるでもなく、私はつぶやいた。
posted by ニヒリストHILAO at 11:02| Comment(0) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

51

SOVIET-HIPPIESが3回ほどライヴを終えたあたりのことだった。
突然、ズッサンが辞めると言い出した。

ズッサンと阿守は小学生時代からの幼なじみで、中学生のころに【サヌキポンキーズ】というバンドを組んで以来の音楽仲間だった。
余談だが、【サヌキポンキーズ】とは【E.Z.O.(イー・ジー・オー)】の様な、故郷の地名をかっこ良く使ったバンド名を意識して名づけられたそうだ。
【サヌキポンキーズ】という固有名詞を全くかっこ良く思えないのは、ひとえに私のセンスが足りないせいだろう。

高校時代、ズッサンが大学進学の道を選んで以降、2人が同じバンドに属することはなかった。
阿守としては、長年ズッサンと一緒にバンドをやりたいと思っており、SOVIET-HIPPIESを結成してようやく念願かなったわけだ。

そのズッサンがSOVIET-HIPPIESを辞めるという。
阿守が相当な熱意をもって説得を試みたが、結局ズッサンが辞意を翻すことはなかった。
理由に関しては今さらここで何を言ってもどうにもなるまい。
とにかく、ズッサンはSOVIET-HIPPIESを辞めてしまった。


ズッサンが辞めて以降、4人で何度かライヴを行った。
やはり音の薄さを痛感させられた。
「やっぱりギター1人じゃきついなぁ」
という阿守の呟きに応じたのは雄作だった。
「いや、それ以前にベースでしょ」
確かに、ピアノや、ディジュリドゥでは輪郭のはっきりした低音はだせない。
さらに私はこの時点でまだバスドラムを導入しておらず、ジャンベのぼやけた低音ではバンドの音を支えることは出来ない。
「ベースを入れるとしたら、やっぱりコントラバスがいいねぇ」
「まぁ、アコースティックバンドですからねぇ」
「どこかにいい人いないかなぁ」
「なかなかいないでしょうねぇ」
「まぁ、タッキーや他の知り合いにも協力してもらって、気長に探すとするよ」

というわけで、私たちは気長に新メンバーを探すことになった。
posted by ニヒリストHILAO at 09:48| Comment(0) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

52

阿守は堀江や難波に時々出没する。
どうやらヒマな時に南堀江KNAVEの店長タッキーや、難波ロケッツの店長タカハシン・コルテスなどを訪ねているらしい。
そこで何をやっているのかは知らないが、とにかく阿守は時々その辺りに現れる。

その日、阿守が何の目的でどこを訪れていたのか定かではないが、彼は考え事をしながら歩いていた。
考え事というのは、もちろん新メンバーのことだ。
どこかにいいギタリストはいないものか・・・・・・どこかにいいベーシストはいないものか・・・・・・。
などと考えながら歩いているうちに、ふと阿守は周りの喧騒に気付いた。

「アメリカ村じゃないか。いやな所に来てしまった」
大阪にはアメリカ村という、カジュアルな若者が集まる繁華街がある。
カジュアルよりもフォーマルを好む人間にとって、あまり居心地のいい場所ではなく、言うまでもなく阿守にはこの地域が似合わない。
とにかく難波か堀江に抜け出そうと、歩調を速めようとしたとき、阿守は何者かに呼び止められた。
「阿守くん!」
声のしたほうを見てみると、ラフなジャージ姿の男が両手にビニール袋を提げて、コンビニから出てきたところだった。
男はよたよたと阿守のほうに歩み寄ってきた。
「阿守くん」
「・・・真鍋?」
「いま休憩なんや。楽器もなし。どこいくんや?コレんとこか?」
と真鍋は小指を立てる。
「ち、違うよ」
「ええなぁ。まぁちょっと付き合えや」
しゃべりながら真鍋はコンビニ前の地べたに座り込んだ。
「何の用だい?」
「ワシ今そこのギタースクールに勤めとるんや」
「何の話だよ急に」
「まぁ阿守くん、座りぃな」
と、真鍋は自身の隣に阿守を促した。
「その【阿守くん】ていうのやめてくれないかな?気持ち悪いよ・・・」
阿守は渋々真鍋の隣にしゃがみ込んだ。
真鍋はニヤリと笑うと、ビニール袋から缶コーラを1本取り出して阿守に渡した。
阿守が呆れたような表情でそれを受け取ると、自分も袋から缶コーラを1本取り出し、ひとまずビニール袋を離して缶の蓋を開けた。
阿守もほぼ同時に缶の蓋を開け、コーラを一口すすった。
「聞いたで、バンド解散したらしいな」
「もう次のバンド始めてるよ」
「ほうか、えらい早いな。で、どないや?新しいバンドは」
「さぁ、どうなんだろうねぇ」
「自分のバンドやろ?どないもこないも自分次第やないけ」
「まぁ、1人でやってるわけじゃないしねぇ」
「ほな他のメンバーはどない言うとるんや?」
「さてねぇ。特になにも言ってこないし、何も訊いてこないよ。まぁバンド自体気に入ってくれてるようだけど・・・」
「そうかぁ。ウチの生徒なんかガンガンもの訊いてくるで?ま、ギタースクールやさかいな」
阿守はもう一口コーラを飲むと、立ち上がった。
「じゃ、もう行くよ」
「あいよ」

阿守は歩き始めると同意に思案を再開した。
どこかにいいギタリストはいないものか・・・・・・どこかにいいベーシストはいないものか・・・・・・どこかにいいギタリストは・・・・・・ギタリスト・・・・・・ギタリスト・・・・・・?

ギタリスト!!

振り返ると、真鍋はまだコンビニの前に座り込んでおり、間の抜けた表情でサンドウィッチをほおばっていた。
「真鍋!!」
「んあ?」
「ウチのバンドでギターを弾かないか!?」
「ええよ」

意外とあっさりギタリストが見つかった。
だが知り合いにコントラバス奏者はいそうにないので、こちらのほうはやはりてこずりそうだ。
posted by ニヒリストHILAO at 13:14| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

53

その日阿守は特になにをするでもなく、家でごろごろしていた。
ベーシストを探さなくてはいけないのだが、といってどこかに目当ての人がいるわけではないので、なす術もなくただ時を過ごしているという具合だった。
果報は寝て待て、というが、何もせずに待つというのは自発的な行動を起こすよりしんどい場合があるらしい。
ギタリストがあっさり見つかったのだから、これ以上贅沢を言えばバチがあたる、と思ってはいるが、自然と電話に手が伸び、週に2〜3度はタッキーやタカハシンに連絡をとっている。
最近は露骨に迷惑がられているのだが、それでも何もせずに待つという行為に比べれば幾分かマシに思えるのだった。

その日も阿守は何となく電話を手に取った。
タッキーに連絡するか、タカハシンにするか、あるいはこのまま電話を置くか・・・。
電話を見つめながらそう思っていると、急に電話が鳴り出した。
阿守は驚いて電話を落としてしまったが、すぐに拾い上げた。
ディスプレイには【山本周作】と表示されていた。
デューク・ヤマモトこと山本さんからは、数ヶ月に一度連絡があった。
阿守はとりあえず電話に出た。
「どうも、山本です」
「お久しぶりです、どうしたんですか?」
「いや、特に用はないんですが、最近どないしてはるんかなぁと思って。たしか、バンド解散したんですよね?」
「ええ、でも新しいバンド始めましたよ」
「どないですか?」
「まぁ順調といえば順調ですかねぇ。ちょっとメンバーが足りてないんですが・・・」
山本さんと話しているうちに、阿守は記憶の中になにかひっかかるものを覚えた。
たしか、山本さんの家に何かあったような・・・・・・。
「確か、山本さんの家に、アレありましたよね」
「なんですか?」
「アレです。ええと・・・なんだったかなぁ・・・え〜・・・・・・ゴルゴ13・・・?」
「ええ、ありますよ」
「アレ面白いですね」
「面白いですね」
「画がちょっと苦手なんで、今まで避けてたんですが、読んでみると結構なもんでしたよ。・・・・・・他になにかありませんでした?」
「なんですかね・・・。風の大地ですか?」
「風の大地・・・なんですか?それ」
「ゴルフ漫画ですね」
「へええ。ゴルフって面白いんですか?」
「なかなか面白いですよ。今度打ちっぱなしでも行きますか?」
「打ちっぱなしですか・・・・・・。実はボク、むかし打ちっぱなしの球拾いやってたことがあって、あんまりいい思い出がないんですよねぇ」
「打つのと拾うのとでは違いまっせ。まぁ機会があればということで」
「そうですねぇ・・・・・・」
いやいや、違うだろう阿守孝夫。
もっとほかに重要なものがあっただろう?
思い出せ、山本さんの部屋の中を。
工房の隣の部屋に入ると、まず目に入ったのが無造作に積まれた漫画の山。
その中には【ゴルゴ13】と、確か【風の大地】もあったような・・・。
しかし重要なのはそこじゃない。
右手はすぐに壁。
左を見ればそこにはテレビとビデオデッキ、それにビデオテープが積まれている。
このビデオテープの中にはきっとイヤラシイものが混じっているに違いない。
ラベルには【ごっつええ感じ】と書かれているが、これはたぶん性的な意味でええ感じになるビデオなのだろう。

・・・視界の端に映っているコレはなんだ?
もう少し視線を左に動かせば、その正体がわかるはず・・・・・・!
「山本さん・・・コントラバス持ってませんでした?」
「ええ、持ってますよ」
「それ、ウチで弾きませんか?」
「いいですよ」
これまたあっさりベーシストが見つかった。

こうして、SIBERIAN-NEWSPAPERのパートは一応埋まったのだった。
posted by ニヒリストHILAO at 11:03| Comment(9) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月15日

54

「阿守くん、バンド名どないかならんか?」
中川氏が突然そう言いだした。
「ラジオ局の連中がやなぁ、SOVIET-HIPPIESちう名前は怖くてよう流さん言いよんねや」
「流すも何も、僕らには流すものが何も無いよ」
「先の話や。この先なんぞ音源作ったとしてやな、なんぼ出来が良うても名前ではじかれる可能性があるんや」
「いい名前だと思うんだけどねぇ」
「そら俺も嫌いやないけどな、メディアいうんは思想に敏感なんや。ソビエトにしろヒッピーにしろ単体ではまぁなんとか目を瞑れる範囲らしいねんけど、その2つが合わさるとどないなことになるかわからんから、怖ぁてよう電波に乗せられへんらしいわ」
「ふうん・・・。なんだかやっかいなんだねぇ。まぁ、考えておくよ」

それから数週間が経った。
このころ私たちは、実はほとんど活動しておらず、ライヴは3ヶ月に一度あるかないかという程度だった。
練習も、ライヴ直前に雄作とハジメが来てからやるという具合だったので、メンバー同士が会わないのが当たり前だった。
真鍋と山本さんが加入したのはいいが、それ以降まだ一度も顔を合わせていない。

さて、そんなある日のこと、再び阿守と中川氏が会う機会が訪れた。
「阿守くん、バンド名のほうはどないや」
「いいのが出来たよ。『Darmstadt Idiots』っていうのはどうだい?」
「ダルムシュタット・イディオッツ?なんやえらい舌噛みそうな名前やな。意味は?」
「ダルムシュタットというのは地名で、電気音楽発祥の地といわれているんだよ」
「で、イディオッツは?」
「白痴」
「あかーん!!」
「いや、イディオッツには単にバカって意味もあるんだよ。電気音楽発祥の地を名前に持ちながら、アコースティック演奏ばかりているバカども、っていう洒落た意味を込めてるんだけど・・・」
「とにかくあかん。語呂が悪い。却下や却下。もっと考えて」
そこから阿守はいくつかの名前を考えたが、中川氏の興味を引くものはなかなか現れなかった。
それでも、阿守は思いつく限り単語を並べ立てた。
そして
「え〜と、じゃあ・・・シベリアン・・・・・・ウェザーリポート」
「お、それ悪ないぞ。うん・・・悪ない。でもなぁ・・・・・・どっかで聞いたことあるような気がせんでもないなぁ・・・・・・」
「そういえば昔『ウェザーリポート』っていうバンドがあったねぇ」
「ああ、そうか・・・惜しいなぁ」
「ん~、じゃあ、天気予報がだめならニュースでどうだい?シベリアン・ニュースリポート」
「お、近いぞそれ、なんか知らんけどあと一息ちゃうか?」
「そうかぁ・・・。じゃあ、シベリアン・・・ニュース・・・ペーパー・・・・・・?」
「!?・・・もっかい言うてみ?」
「シベリアン・ニュースペーパー?」
「いただき!!」
SOVIETO-HIPPIESはSIBERIAN-NEWSPAPERに生まれ変わった。

改名後最初のライヴは、新メンバー加入後最初のライヴでもあった。
結局ライヴ前日までに練習する暇がなく、当日にすこし練習することになったのだが、この時点でまだ顔を合わせていない者がいたため
「はじめまして」
が連呼されることになった。

まず真鍋と山本さんが初対面。
ハジメと雄作は真鍋、山本両氏と初対面。
タラは山本さんと初対面、という具合だった。

そして、なんとかその日のライヴは乗り切ることが出来たのだった。
ライヴ終了後、中川氏が私たちに声を掛けてきた。
「君ら、CD作らんか?」
posted by ニヒリストHILAO at 11:28| Comment(17) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月22日

55

CDを作らないか?
そう言った中川氏を、メンバーは怪訝そうに見ていた。
「わかっとるわかっとる、皆まで言うな」
表情からメンバーの言わんとしているところを感じ取った中川氏は、まず一同の発言を制した。
「制作費は俺がなんとかするから、とにかく一枚CD作ってみぃひんか?」
「なんや、えらい景気のええ話しとるやないか」
と、そこにタッキーが姿を現した。
「あんたがカネ出すて、珍しいこともあるもんやな。どいう風の吹き回しや」
「いやな、SIBERIAN-NEWSPAPERはいまいちようわからんのや」
「なんや、ようわからんもんにカネ出すんかいな、あんたは」
「いやいや、SIBERIAN-NEWSPAPERがええのはわかんねん。でも、メンバーにしろ楽曲にしろ、判然とせぇへん部分が多いねや。せやから、ちょっとでも輪郭をはっきりさせるためにやな、CDを一枚作って欲しいんや」
「しかし、カネはどないするんや?」
「会社に出さしたらええがな」
このとき、中川氏はとある制作会社に勤めており、制作費は会社を説得してそこからださせるつもりだった。

スタジオの手配はタッキーが担当することになった。
そして、低予算で長時間使用させてくれる、好意的なスタジオの手配に成功し、いよいよCD製作に取り掛かろうかというときに、突然不幸が襲い掛かってきた。

まず、中川氏が制作会社を辞職した。
なんでも音楽製作とは関係のない部署への転属が決まってしまったので、勢いで辞めてしまったらしい。
では制作費はどうするのかというと
「俺が自腹でなんとかする!!」
ということだったが、予算の減額は避けられなかった。
さらに、タッキーが手配していたスタジオが急に使えなくなってしまった。
この時点でレコーディングは頓挫するかと思われたが、急遽阿守の知り合いのスタジオにお願いすることでなんとか製作を敢行出来た。
だが、予算の減額と急なスタジオの変更で、製作期間の大幅な削減は避けられなかった。

わけのわからないうちにレコーディングが始まった。
初日は私と阿守と山本さんでスタジオに向かった。
オペレーターのおっちゃんに挨拶をし、早速レコーディング開始。
あっという間に初日は終わってしまった。

そして2日目。
2日目は私1人でスタジオに向かった。
その日はひどい豪雨で、ビニール袋に詰め込んだ機材を担ぎながら、駅からスタジオまでの結構な距離を孤独に歩いた。
そしてスタジオに着くと、その日はオペレーターのおっちゃんしかいなかった。
2人きりでレコーディングを始め、しばらくして仕事を終えた阿守がやってきた。
で、その日録った分を少し手直しして、私のレコーディングは終わった。
この日以降、CDが完成するまで、私は製作に一切関わることがなかった。
ゲストに石濱を迎えると聞いていたので、久々に会えるかと思ったが、結局彼には会えずじまいだった。

今回のレコーディングは、なんだかわけのわからないうちに始まり、よくわからないまま終わり、気がつけばCDが出来上がっていたという感じだった。
自分のレコーディングを終えた後、私がぼやぼやとバイトをしている間、タッキーや阿守は相当苦労したらしく、あとで話を聞いてなんとも申し訳けなく思った。

とにかく、幾人かの心身を削る尽力のおかげで1stアルバム『Asiatic Spy』は完成した。
posted by ニヒリストHILAO at 09:16| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

56

「最悪だ!ああもう、最低!」
誰に対するでもなく発せられた非難の声の後に、机が蹴飛ばされる音や、椅子が倒れる音、そこら辺にあったペットボトルや空き缶がカラカラと転がる音が続いた。
その音の方へ、メンバー達は決して目を向けないが、意識はやはりそちらに集中していた。
音の発生源は雄作だった。

雄作という男、ステージの上では典雅な雰囲気を発しているため、普段からも優雅で貴族的な生活を送っているに違いないと思っていたがとんでもない。
「ああ!チクショウ腹立つわぁ」
その日はライヴでの演奏が気に食わなかったらしく、終始机を蹴飛ばしていた。

「殿下、お帰りはどうなさいましょう?」
その日も雄作には1人の付き人が付いていた。
以前、WORLD DEFENSE LOVERSのワンマンライヴのときに付いていた男だった。
「うるせぇなぁ!さき帰ってろよバカヤロウ」
そういわれた男は、雄作の荷物をまとめだした。
一応荷物がまとまると、男はそれらを持って楽屋から出ようとした。
「おい!お前!なにやってんだよ?」
「は・・・?」
「ヴァイオリンだよヴァイオリン!なに勝手にさわってんだよ!」
「あ、これは、申し訳ございませんでした」
「それは置いていけよ自分で持つから!勝手なことしやがって。お前ホント殺すよ!?」
その瞬間、男の顔から一気に血の気が引いたのを、私は見逃さなかった。

付き人がヴァイオリン以外の荷物を持って楽屋を出たあと、私もそれに続いて楽屋を出た。
ライヴハウスを出たところから、トボトボと歩く付き人の後姿が見えたので、私は小走りで彼に追いつき、声を掛けた。
「ごくろうさん。大変だな」
「ああ、これはどうも」
「大丈夫か?顔が蒼いぞ?」
「・・・・」
「雄作に『殺すよ』といわれた瞬間一気に顔が青ざめたように見えたが」
「・・・・」
「・・・・まあ、言葉のアヤというヤツだろう。あまり気にするな」
「・・・・この国の人にはわからんのです。王族に死を宣告されることがどれほど怖ろしいことなのか・・・」
しばらく沈黙が続いたあと、男は一言、失礼しますといって足早に闇の中へ消えていった。

楽屋に戻ると雄作の機嫌はすでに直っているらしく、楽しそうにビールをあおっていた。
「おい雄作。貴様の付き人だが、殺すとか言われて随分ヘコんでおったぞ?」
「ええ?僕そんなこといいましたっけ?」
どうやら、やはり言葉のアヤだったようだ。


CDをリリースしてから数ヶ月が経った。
作品の評価はなかなかよかったが、それでも無名なインディーズバンドのCDが売れるほど、世情は甘くない。
相変わらず金のない私たちは、地道に活動するしかないのだが、それでも徐々にではあるが活動の幅を広げていかなくてはならない。
そこで、これまで大阪を中心に活動していたSIBERIAN-NEWSPAPERは、遂に東京へ進出することにした。

いよいよ東京での日取りも決まり、遠征に向けて準備をはじめたある日のこと、阿守の電話が鳴った。
ハジメからだった。
「すいません阿守さん!魔力が切れました・・・」
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2007年10月06日

57

魔力が切れた。

ハジメにそういわれたものの、阿守はいまいちピンとこなかった。
「えーと…それは、一大事なの……?」
「一大事ですよ!だって、僕北海道から動けなくなったんですから!!」
「ええ!?それは一大事だねえ!!」

東京遠征が決まった矢先の出来事であり、それまでにも大阪でライヴが控えていた。
早急にピアニストを探さねばならない。
「北海道に来た時はお手伝いさせていただきます!」
とだけ言い残し、ハジメとは連絡が途絶えた。
北海道からハジメを連れてくるだけの経済的余力は私たちには無く、無理矢理ハジメを召喚することも出来ない。

私たちのとるべき道は2つ。
新しいピアニストを探すか。
ピアノ抜きのアレンジを考え、ハジメの魔力回復を待つか。

阿守は悩んでいた。
新しいピアニストが見つかったとして、その人物が急なライヴに対応しきれるだろうか?
新しいピアニストを探すにしても、ピアノ抜きのアレンジを考え、じっくり腰を据えて探したほうが良いのではないか?
仮にピアニストが見つからなくとも、しばらく経てばハジメも回復するだろうし、最悪それを待ってもいいのではないか?
しかし、そもそもピアノ抜きのアレンジなどというものが成立するのだろうか?

1人で悩んでいても仕方が無い。
誰かに相談しようと思い、まずはタッキーに連絡した。
「オッケーオッケー。じゃあ知り合い筋あたってみるわ」
確かベーシストを探していたときも同じようなこといっていたはずだ、この男は。
つまり、あまりあてには出来ない。
次に阿守は社長に連絡してみた。
社長というのは中川氏のことで、CD制作の際に13PROJECTというレーベルを発足させて以降、彼は社長と呼ばれるようになった。
その社長だが
「俺は音楽のことはようわからん」
と、こちらは気持ちがいいほど役に立たない。

そういえばメンバーにまだ話をしていなかったことを思い出した阿守は、まず近所の山本邸を訪れた。
あるいはメンバーの知り合いにいいピアニストがいるかもしれず、アレンジの面でもメンバーに相談せざるをえない。
「阿守さん、どうしたんですか、今日は?」
「いや、ちょっと悩み事がありまして」
「まま、とりあえずは中へ」
山本邸にあがりこんだ阿守は早速山本さんに一部始終を話した。

「マスター・グンジがおるやないですか」
「あ!!」
早速阿守は軍司に連絡した。
「おお、阿守か。どしたんや?」
阿守は一部始終を話した。
「というわけで軍司、やってくれるか!?」
「ええで」

ちなみに軍司は横浜に住んでいた。
だが、雄作も東京在住と遠方であり、ましてやハジメの北海道に比べれば随分近い。

SIBERIAN-NEWSPAPERに、遠距離という言い訳は存在しない。
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2007年10月13日

58

軍司が大阪にやってきた。

「お前やぁ、話が急すぎるわ」
スタジオに到着するなり、阿守に向かって軍司はぼやいた。
先日発売したCDや、過去のライヴ音源を元に練習を積んではきたものの、あまりにも時間が無さ過ぎた。
「あんまり気の効いたことは出来へんぞ」
真鍋が譜面を起こしたおかげで、譜面を見ながらなんとかついてこれそうだった。
ついてくるのがやっとで、アレンジにまでは手が回らないとのことだったが、今はライヴで弾いてもらえるだけでもありがたい。

軍司を交えての練習。
ヤジや激を飛ばしあいながらも、演奏はなんとか固まっていった。
なんだか高校時代を思い出す。

途中、社長がスタジオを覗きにきた。
しばらく練習風景を眺めていたが、演奏が途切れた時に
「いただき!」
と一言残して去っていった。
言葉を発するのと同時に指も鳴らしてしたのだが、その後の人差し指が軍司を指していたようにも見えた。

一応練習は終わった。
なんとかなりそうだったが軍司は不安らしく、皆が荷物をまとめて帰ろうとしたところで阿守を呼び止めた。
「阿守、今夜は帰さへんぞ」
軍司初ライヴの前日、阿守は夜中までスタジオに付き合わされた。


「いやぁ〜しかし、真鍋ちんの譜面のおかげでなんとかなったわぁ。真鍋ちん、譜面書くの滅茶苦茶うまいなぁ〜」
真鍋の楽譜は読みやすいと評判がいい。
「定規とか使ってんの?」
とよく訊かれるが、大抵はフリーハンドらしい。
その真鍋が、ほぼ文盲に近いことはあまり知られていない。

インディーズバンドがライヴをする際、チケットの取り置きシステムを使うことが多い。
あらかじめチケットをライヴハウスに預けておき、予約のあった人に前売り料金で入場していただくという非常に便利なシステムだ。
そのチケット取り置きリストをバンドは開場前までに書いてライヴハウス側に渡すのだが、SIBERIAN-NEWSPAPERでは大抵阿守がリストを書く。
なぜなら阿守は字が上手く、さらに字を書くのが好きだからだ。
だが、時々阿守も席を外すことがある。
そんな時はメンバーが各自自分の呼んだお客さんの名前をリストに書いていく。

その日、取り置きリストを書く段階で阿守がたまたま席を外しており、メンバーが各々自分のリストを書いていた。
「真鍋、リスト」
私が自分の分を書いてリストを真鍋に渡そうとすると
「名前言うていくから、書いていってくれ」
と頼まれた。
だが私は丁重に断った。
なぜなら私は字が下手で、さらに字を書くのが嫌いだからだ。
「頼むわ〜。最近酒呑み過ぎで字ぃ忘れて書かれへんねん」
「情けない!ひらがなも書けんのか?アルファベットは?」
「おお、英語は得意やぞ!AからGまでは完璧」
と自慢げに言われて、一体私はなんと返せば良いのか。

今さらながらSIBERIAN-NEWSPAPERが社会不適合者の集まりであることを思い知らされたのだった。
posted by ニヒリストHILAO at 10:51| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

59

謎の敏腕エージェント・中原さんという人が、タッキーの元を訪れていた。
タッキーは音楽業界関係者に会うと、手当たり次第『Asiatic Spy』を渡していたのだが、この中原さんがそれに対して非常に大きな関心を示した。
とりあえずタッキーは中原さんにバンドの概要を説明した。
「東京に北海道?なんだか活動が大変そうだねぇ」
「あ、でも北海道のピアニストは今ちょっと身動きが取れないので、横浜のピアニストに弾いてもらってますから、少しは身軽になりましたよ」
「ん?つまりメンバーチェンジしたってこと?」
「いやぁ、はっきりとメンバーチェンジしたというわけでは・・・。高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応するといいますかなんといいますか・・・」
「つまり、行き当たりばったりというわけだ。あとギターの真鍋くんだっけ?水曜日にしかライヴに参加できないっていうのはちょっと大変だね」
この時期真鍋はギタースクールに講師として勤めており、休みが水曜日しかないため水曜日以外のライヴには参加できず『水曜日に奏でる男』と呼ばれていた。

「僕としては是非お手伝いしたいところだけど、メンバーの意向が不透明だね。このバンドが今後も長く存続するのかどうかが、正直ちょっと見えないなぁ」
「はぁ…そうですね」
その時、タッキーの頭にはWORLD DEFENSE LOVERSのことがよぎった。
確かに、これからというときに「やっぱり辞めます」では困る。
「1度メンバーの意思確認をしたほうがいいんじゃない?」
「・・・そうですね」
その夜タッキーは社長を呼び出した。


「で、君らは今後このバンドをどうするつもりやねん」
あるライヴの打ち上げで、社長が突然切り出した。
「なんだよ急に。なんの話?堅苦しいのはナシだよ?」
阿守がとぼけて返したが、社長はおかまいなしに続けた。
「例えば、軍司はいま臨時で手伝ってんのか?それとも今後も続けられんのか?」
「いやいや社長。そういう堅苦しいのはナシにしようよ。僕は気楽に楽しく出来たらそれでいいんだよ」
と阿守が口をはさむとタッキーがそれに応えた。
「君らはそれでええかもしれんけど、それやとこっちはどれぐらいバックアップしたらええかわからんのや。ウチらもタダで動けるわけやないからなぁ」
「俺はいけるで」
タッキーの言葉が途切れるのと同時に軍司が言葉を発した。
「俺はシベリアンをメインに活動しても全然問題ないで」
と軍司はみずからの意向を述べた。
さらにタッキーが続ける。
「じゃあ、真鍋君はどないや。水曜しかライヴに出られへんのはちょっと厳しいんやけど」
「俺はね、やるよ。仕事辞める算段もついとる」
「生活は大丈夫なん?」
「まあ、なんとかなるやろ」
社長の視線がタラに向く。
「いやぁ、俺みたいなもんを使ってくれるんやったらなんぼでもお手伝いしまっせ!」
さらに山本さんが続く。
「僕はね、いままで長いこと音楽続けてきましたけど、このバンドが最後やと思てます。SIBERIAN-NEWSPAPERが終わるんやったら、僕も音楽活動は辞めようかなと」
皆の視線がこちらを向いたので、続いて口を開いたのは私だった。
「俺はいま別のバンドをやっておる。練習にしろライヴにしろ、活動の密度はそちらの方がはるかに高い。が、メインはSIBERIAN-NEWSPAPERだと思っている」
「雄作は?王家のしがらみとか、俺らにはちょっとわからん部分があるんやけど」
そうタッキーに訊ねられると、雄作は何処を見るでもなく語り始めた
「僕の付き人みたいなヤツいたでしょう?アイツ、クーデター起こしちゃいました」
全員が雄作を注視する。
「ああ、でも心配しないで下さい。無血クーデターですから。形としての王家は残るんですけどね、主権は剥奪されました。で、僕はコイツと引き換えに王家との縁を切ってきました」
といっていつも使っているヴァイオリンを示した。
「ですから、僕はやりますよ」
しばらく沈黙が続いたあと、雄作がぽつりと呟く。
「でもアイツ、なんでクーデターなんか起こしたんだろ?」
私はその理由を知っているような気がしたが、あえて口にはしなかった。

「で、阿守くん。みんなはこう言うてんねんけど、君はどないや?」
タッキーが話をまとめに入った。
「いやぁ嬉しいなぁ。でも、いきなりこんな話されても僕はちょっと考えがまとまらないよ」
急に深刻な話をされて、阿守は少し混乱しているようだった。
阿守の考えがまとまるまで時間を置くことにし、その場は解散となった。

posted by ニヒリストHILAO at 11:27| Comment(1) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

60

先日の会談でなんらかの手ごたえをつかんだのか、タッキーは中原さんを迎え入れ、『13PROJECT執行部』組閣の準備を終えた。
実際はすでに執行部としての活動を始めていたのだが、形式がまだ追いついていない。
阿守が一言「お願いします」といえば、名実共に執行部が組閣される。

SIBERIAN-NEWSPAPERにしても同じで、既に活動しており事実上存在はするのだが、正式な組閣はなされていない。
そういえばこの時期、「平尾さん、新しいバンド始めたんですか?」と問われると「バンドというか、なんというか、寄り合いみたいなものかな」と、言葉を濁していたように思う。
対外的にも『音楽家集団』などという言葉を使っていたし、ライヴのたびに編成も変わっていた。
だが、そうやって活動するには限界があり、「正式に組閣すべし」との気運が高まったわけだ。

阿守の中には、前のバンドを解散させてしまったことに対する自責の念が少なからず存在する。
バンド解散という後味の悪い思いは出来れば避けたい。
そこで、解散したくなければ組閣しなければいい、という方便のもとSIBERIAN-NEWSPAPERを始めたのだった。

先日の会談を経て、阿守の組閣への意思は固まった。
だからこそタッキーはさっさと執行部の活動を開始したのだ。
事実上、既に組閣は成されている。
あとは阿守が声を発すれば、そこに形式が追いつくわけだ。
誰かがほんの少し背中を押してやるような、そんな些細なきっかけがあればそれでよかった。
きっかけ作りは誰がやってもよかったのだ。


私は阿守を十三(じゅうそう)の河川敷に呼び出した。
私は基本的にまじめな話が好きではない。
そういうまじめな話をするときに、シチュエーションなどで茶化してしまうのは私の悪いクセなのだが、今回は勘弁していただくとしよう。

私が河川敷に近づくと、土手に座っている阿守の後姿が見えた。
河川敷では、学生がアメフトの練習をしていた。
土手に座っていた阿守は、それを見ながら、足をぶらぶらさせていた。
この時点で既に阿守は私の意図を察していたのだろう。
私は阿守の隣に片膝を立てて座った。

「よう走ってきたのぅ・・・・・・」
いつもとは異なる阿守の口調。
やはり阿守は私の意図を察していた。
もちろん、私はそれに合わせる。
「なんや?」
「ワシらのことや」
「・・・・・・堂々巡りやっていうんか?」
しばしの沈黙。
そして再び阿守が口を開く。
「ここらで一発、タッチダウン獲らんとな」

河川敷ではアメフトの防具を着けた学生達が向かい合って構えていた。
『ハット!』の掛け声の下、彼らは土を蹴り、ぶつかり合う。
それを見ながら、私は今日口にすべき最も大事な言葉を発した。
「兄弟、やろで!」
阿守はゆっくりとうなずき
「よっしゃ」
と力強く応えた。

阿守が立ち上がった。
「兄弟、行こで」
そう言って軽く方を叩かれた私も、続いて立ち上がり、踵を返した。

河川敷ではアメフトの練習が続いている。
掛け声や防具のぶつかり合う音、土を蹴る音が力強さを伴ってこちらまで届いてくる。
それに背を押されるように、私たちは歩き始めた。


俺とマルクスとジョン・レノン -終-

あとがき
posted by ニヒリストHILAO at 13:52| Comment(23) | 組閣編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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